日本の職人芸って、伝統産業や町工場や自動車メーカーだけじゃなく、任天堂、カプコンのようなゲームメーカーにもちゃんと受け継がれているのではないか、と思ってる。
(画像は SUBARU IMPREZA)
エンジンを入れて、アクセルを踏み、ハンドルを切る。その滑らかなレスポンス、操作性と乗り心地、車の速度と自分の身体が一体になったような感覚…。
これは、コントローラーとゲーム内の挙動が直接結びつているアクションゲームにも言えることだろう。任天堂やカプコンは、入力から出力までの感触と、そこからのゲーム全体を含んだ細やかなバランスの調整に、本当にこだわっていると思う。
(モンスターハンターなんかも、しっかり調整されているからこそ気持よく遊べるゲームなんだよね)
最近は自動車なんかも、モジュール化が進んで、エンジンやギアやモーターや外観を一つのものとして考えるのではなく、パーツごとにばらばらに作って後で組み立てる。つまり、職人的な微調整や摺り合わせが求められなくなってきている。
これもまた、段々と大規模になってきたゲーム会社にも言えることかもしれない。
日本のコンシューマーメーカーが偉いのは、ゲームの規模が大きくなっても、人材の流動性が低い「会社」でゲームを作っているところ。(外注している部分もあるのだろうが)
任天堂もけっこう閉鎖的な会社なんだけど、だからこそ、マリオやゼルダなど、他の追随を許さないほど作りこまれたゲーム感覚を表現できるのだろう。ファーストパーティということもあって、ハードとソフトを同時に考えてきたというのも大きな強みだ。
ただ、ハードのスペックが上がり、大規模な開発が求められる中で、製作者がゲームの全体性を意識しながら、細かい調整を重ねて作るような職人芸は難しくなりつつあるのかもしれない。
「スマブラ3DS/WiiU」は、発売後にパッチを当てて、一部のキャラクターの技判定や攻撃力を変え、バランスを調整した。発売後に遊んだユーザーの意見を取り入れての修正だ。
任天堂やクリエイターの桜井政博さんにとって、発売前に決めたバランス守って、後から修正を加えない、というのは一つのプライドだったと思う。ユーザーにテストプレイさせて調整するというのは「職人芸」に反する。ただ、これはもう時代の流れで、桜井さんや任天堂ですら逆らえなかったと考えるのが妥当だろう。
個人的には、ベースの部分がしっかりしてるなら、アプデでバランス調整したって特に問題はないと思う。どうせなら全キャラが同じくらいの強さになるまでやってほしい。
僕は、以前「ソーシャルゲーム批判」という文章で、和ゲーには二通りの進化の方向性があると言った。RPGは、どんどん数値としての欲望を「抽象」して押し進めていくようになったが、一方、アクションゲームや格闘ゲームは、「職人芸」を磨いていった。
「信頼」という言葉を使いたくなるほどの、入力から出力までの、滑らかで鮮やかな手触り。コントローラーを握って、何度も何度も練習しようと思える、そこに長い時間をかけるに値する、信頼があった。
これは、海外のメーカーの出自が主にソフトウェア会社で、任天堂がもともと玩具メーカーだったことも強く関係していると思う。「おもちゃ」の手触りをゲームの中に持ち込んだことで、日本の文化、産業の歴史の延長にゲームを紐付けることができたし、職人芸としてのゲーム制作が洗練されてきた。
PC上でマウスを使ってやるものと、コントローラーを握りしめるゲームは違うだろう。
もちろん、PCをハードにしていてもガチ勢はコントローラーやゲーミングマウスを使う。ただ、BFのようなFPSやLoLのようなe-sportsは、反射的なものよりも、状況判断の的確さを軸にして対人戦用のゲームを作っている感じがする。これはこれですごいことなんだけど。
日本の格闘ゲームなどの対人戦は、難しい入力や反射的な対応が必要になり、反復練習で身につくものを指向しているように見える。ここらへんにも、ある種の勤勉さが現れているのかもしれない。「BLAZBLUE(ブレイブルー)」なんかは基本のコンボを練習するだけでも一苦労だよね。