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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

検証を積み上げるということ【Webgeki】

Webgeki

「検証」とは、あることに対して「それは本当に正しいのか?」と疑ってかかったり、「客観的に共有できる根拠を持ち寄って正誤を判断する」ことだ。

検証することは、「昔からそう言われてるから正しい」とか「あの人がそう言ったから正しい」を否定する力を発揮するときもある。


なぜ「検証」が必要なのか

昔は、「運動部」の常識として、「うさぎ跳び」という練習や、「運動中に水を飲んではいけない」「ピッチャーは肩を冷やしてはいけない」みたいなものがあった。

現在これらは間違っているという認識を多くの人が共有しているが、これは「検証」の積み重ねが実を結んだ成果だと言える。


しかし、未だに「うさぎ跳び」レベルの認識をしている人が、政治や教育などあらゆる領域で力を持っているし、21世紀とは思えないことが平気で行われていたりもする。

「検証」を積み上げていくことや「検証」という考え方を持っている人を増やしていくことは、地道ではあるがそれに対する解決策になり得るだろう。


インターネットが「検証」に与えた影響

かつては、情報発信の手段が一部の人達に占有されていた。ネットがその特権を切り崩し、掲示板やSNSなどで誰もが気軽に情報を発信できるようになった。

マスメディア等の横暴が暴かれたという側面もある。あるいは、遠くにいる人同士が結びついて建設的な議論が成り立った例もある。


一方で、インターネットは、それ以前に担保されていた「検証」を破壊する効果も持っていた。というのは、検証とは、ちゃんとやればやるほど採算がとれないものだからだ。

参入が自由に、つまり「何でもあり」になった世界では、検証が放棄され、表面的に人を惹きつけるものが溢れがちになる。漫画の一コマを切り取ったバナー広告を見ればそれがよくわかる。

検証すること、それが本当かどうかを疑うことには大きな労力がかかり、そういうものを放棄してしまったほうがビジネスとして成功しやすい世界になってしまった。ウェブメディアにしても個人ライターやブロガーにしても、検証をあえて放棄したような極端なものが溢れ、しかも読むほうだってそういうものを求めている。


今までは、「余裕」があったからこそ「検証」が成り立っていたとも言える。

「ちゃんと取材する」「本当かどうか調べる」みたいな採算のとれないことは、大学や大手マスコミのような「保護」された場所じゃないとできない。最も、近年はマスコミでさえ、そういうものを放棄しがちではある。適当にやっているからこそ多くの注目を獲得するメディアが競争相手になれば、そこに引きずられていってしまう。「悪貨が良貨を駆逐する」ように。


しかし、その責任を個々のプレイヤーに課すのも難しい。検証が採算のとれないものである以上、個人の良心や倫理観に頼っても限界がある。

そして、このような情況において、一体どういうものが「検証」を担いうるのか?ということが、僕の問題意識の一つだった。


人はいったいどこで検証することを学ぶのか

人は、いつ、どこで、どうやって、「検証」することを学ぶのだろうか?

ネット以前は、親の言うことが正しい、学校の先生の言うことが正しい、テレビや新聞の言うことが正しい、という世界だった。その「正しさ」は、それほど極端には間違わないものではあったのだけど。

ネットによって「正しさ」が検証しやすくなり、親や先生の間違いやマスコミの横暴が暴かれていった側面もある。しかし誰もが自由に発言できるネットは、その特性からして、さらなる検証の崩壊を招くものでもあった。


どうせ、検証なんてことをしようと思うのは、大学でしっかり教育を受けたり、自発的に勉強や情報収集ができる一握りの層だろう、という考え方に僕は与しない。

検証に価値を感じる人が減っていくほど、ちゃんとしたものを提供しようとする人達が苦しくなっていくし、その傾向が進めば漸次的に知的なものが成り立たなくなっていく。

逆に言えば、ほんの少しずつでも検証を重視する人が増えていけば、それによって成り立つようになるものがあるかもしれない。


近々リリース予定の「Webgeki(ウェブゲキ)」というサービスは、「検証」を一つのコンセプトとしてる。

社会に貢献したい、みたいなおこがましい考えは持っていない。あくまで娯楽のためのコンテンツであり、ネットバトルをやったり勝敗をつけたりして楽しもうという低俗なものだ。ただ、それに何かしらの意味があるとしら、「検証」が担保されているような場所を目指したいと考えている。

「設計」によって「検証」が成り立つ場所をつくろうというのが、ウェブゲキの目的の一つだ。

論戦をやって「勝敗」をつける。それが大勢に共有され納得されなければならないなら、「検証」という考え方が必要になってくる。検証とは過程であり、多くの人に検められること、積み上がっていくことが重要だ。

今のネットは「言いっ放し」の設計が多く、いくら議論が起こっても、その結果が積み上ることはない。場所が存在しないから、一生懸命ネットバトルなんてしようものなら、大勢から白い目で見られることになってしまう。


能力のある人がまともに闘うことのできるような場所、検証できる人が評価される場所で、なおかつコンテンツとしてもそれなりに娯楽性のあるものを、ウェブゲキは目指している。


ウェブゲキはどうやって検証を積み上げるのか?

検証を積み重ねていくために、ウェブゲキは

  • 匿名
  • ランク戦
  • ジャッジ

という設計を用意している。

匿名について

ウェブゲキのコンセプトは「検証」と「匿名」だ。そのうちの「匿名」に関してはまた別の機会に詳しく話すつもりだが、ようはウェブゲキは「匿名性」を重視しているということ。


論戦をするときのルールとして

  • 客観的に共有できる情報のみを使って議論をする
  • 自分と相手の経験・所属・立場・情況に言及してはならない

というのがある。「◯◯をした経験からして……」とか「僕は◯◯の博士号をとったんだけど……」みたいな、客観的に共有できないものや自分自身に付随するものを持ちだすことを禁止している。「誰が言ったかではなく何を言ったか」ということ。

また、建前としては、ウェブゲキをする際のプレイヤーの立場は、あくまでウェブゲキというゲームを遊ぶための「仮定」で、実際の思想・信条・意見とはまったく関係ないということになっている。 ユーザー名やプロフ画像は設定できるのだけど、あくまで論戦したりその勝敗を判定するときは、「お互いに完全に匿名」であることをルールとする。それがウェブゲキの「匿名」だ。


実名でやったり他のSNSなどと連動させてもまったく構わないのだけど、「(実質的に)匿名でも参加できる」ことを重視している。

ランク戦をするにはユーザー登録が必要なのだが、固定IDはなく、捨てアドとパスワードだけで登録できるし、ユーザー名やプロフィールの変更には何の制限もない。(※β版の時点では連番のユーザー識別IDがプロフのURLになっているので特定できなくもない。過去のウェブゲキのログとユーザーが連動してしまうという問題も。本リリース版で対応するかもしれない。)

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つまり、論戦をする際にはお互い「匿名」を仮定するのがルールであり、ユーザーも固定IDがないので実際にほぼ匿名でプレイできる。そして、そのようなウェブゲキにおいて、唯一ユーザーに付随する情報が「レート(ランク)」だ。


ランク戦について

検証を重視するのならば、全員が完全に匿名のほうが望ましいのかもしれない。しかし冷やかしで来る人、最初から議論をする気のない人、議論をする能力のない人が、真剣にやりたい人と混ざると、興ざめしてしまうかもしれない。


ウェブゲキの「ランク戦」では、結果によってレートが増減し、それによってランクが決まる。ランクはウェブゲキ内での唯一の信用であり、ランクが高ければまともに議論できるだろうという証明にもなるし、特に重要な役割である「ジャッジ」は、ランクの高いユーザーほど優先的にマッチングできるようになっている。(β版では一週間区切りでやるので、早い者勝ちでマッチング。本リリース版で対応予定。)


ジャッジについて

ウェブゲキでは、論戦を見ている観客の意見も評価に取り入れられるのだが、観客が直接「勝敗」を決めるわけではない。

  • 「プレイヤー(論戦する人)」は論戦をする
  • その勝敗を「ジャッジ(審判する人)」が判定する
  • 「ジャッジ」の判定を観客が評価する
  • 「ジャッジ」の判定と観客の評価を合わせて、各ユーザーのレートの増減が決まる

と、間に「ジャッジ」を挟む形になっている。


ユーザーは、ランク戦でランクを上げるための選択肢として、論戦をする「プレイヤーとして参加」か、論戦の勝敗を判定する「ジャッジとして参加」の二つがある。

「プレイヤー」か「ジャッジ」かはアカウントに付随する情報ではなく、トピックごとにどちらをやるか自由に選べる。

「プレイヤー」は勝ったらレートが上がり、負けたら下がるのだが、その数値は、「ジャッジ」の評価によって補正がかかる。理不尽なジャッジによって敗けた場合は下がるレートも低くなる。

「ジャッジ」はこなすだけで基礎点がもらえるのだが、観客から評価が高ければさらにレートを貰え、観客の評価が割れたり、評価が低ければレートが下がる。


基本的に「ジャッジ」はちゃんとこなせればおいしい調整になっている。堅実にレートを貰えるし「プレイヤー」と比べても書く文字数は少なめだ。「ジャッジ」が重要視されるのは、ウェブゲキが「検証できる人」のためのプラットフォームだからだ。

低評価が多くついたジャッジのレートは極端に下がるようになっている。ジャッジがまともに機能しなければ論戦なりたたないからだ。また、ジャッジは一定のランクまでいかないとマッチングしにくい調整に本リリース版ではするつもりである。


ウェブゲキバトル例

文字だけではイメージがわかないと思うので開発中のバトル画面

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ウェブゲキというプラットフォーム

成功している多くのCGMは、「人気」や「便利」が重視されるものが多いように思う。役立つ情報や、人気を集めるふるまいができるユーザーが注目を浴びやすい。

ウェブゲキは「人気」や「便利」とは別のもの(論戦が強い人が偉い!)を志向している。

ウェブゲキというプラットフォームを認知させていく過程で、面白いテーマを扱った論戦がSEOやバズなどで大勢に見られることもあるかもしれない。しかしウェブゲキの方針としては、PVを獲得できるウェブゲキをした人ではなく、強い人、レート(ランク)の高い人を優遇する。しっかり検証することができる人を評価する空気をつくりあげていくことが、ウェブゲキの目的の一つだからだ。

β版で、一週間ごとに最もレートの高い者に「アマゾンカード1万円」を提供するが、もちろんこの程度の金で釣ることができると考えているわけではなく、センスの無いやり方ではあるのだけど「ウェブゲキの高レート勢はすごい」ということを印象づけるためだ。(資金力があるわけではないので1万円でもけっこうがんばってる。もちろん広告費が入れば賞金も高くなる。)


検証が力を持つ「場所」でさえあれば、色々とできることはあると考えている。

スポーツビジネスのように、スポンサーを募って競技化することもできる。

また、「論戦型広告」のようなものも可能だ。「◯◯と◯◯どちらを買うべきか」「◯◯と◯◯どちらと契約すべきか」というガチの論戦をそれぞれ代理を立てて行う形式の広告だ。検証が欠如して「ステマ」が横行するほど、このような形でやったほうが信頼性が高いと考える人は増えていくかもしれない。

上のようなやり方をすれば、企業と契約することができたトッププレイヤーはそれなりに収益も得られるだろうと思う。


ユーチューバーが賞賛を浴びて、似非学者ほどよくテレビに映るようになった。

何らかを検証しようという志向を持っている人、それを身につけてしまった人は、ひょっとしたら不遇な情況に置かれているかもしれない。そのような人が光を浴びる可能性を持つプラットフォームにしていきたいと考えている。 ということで、もうすぐβ版リリースなので楽しみにしててくれ!



ちなみに、すでにサイトは稼働していて、「ランク戦」以外はできる状態。

ユーザー登録もできるし、「エンジョイ」なら今すぐに遊べるので、興味があったら覗いてみてくださいね!

Webgeki - Web論戦のプラットフォーム