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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

「評価資本」という現象について考察する

社会

「文化資本」は、ブログやTwitterなどの議論でよく目にする言葉です。

 この用語を使ったピエール・ブルデューは、「経済資本」以外の象徴的な資本の存在を示し、文化資本、学歴資本、社会関係資本、言語資本、宗教資本などと分けた上で、その交換可能性について考察しています。


 例えば、趣味がゴルフだったからお偉いさんに気に入られて会社で出世できた、みたいな話は


文化資本→社会関係資本→社会的地位→経済資本


 といった感じになります。つまり、趣味嗜好やコネなども経済資本と交換可能なので、象徴的な資本と考えてしかるべきなのです。


 よく聞くのは、文化資本が学歴資本に変換されやすいという話ですね。ただ、ブルデューが調査対象にしたのは60年台のフランスであり、そのまま日本に適用するのは注意が必要です。

 例えば、フランスのバカロレアの試験は

芸術家の生み出すものは理解可能か?

 みたいな論述式の問題が出てきます。このような問題は、文化資本を持っているほうが圧倒的に有利です。

 詰め込み教育はよくないと言われていますが、学歴資本へ到達する手段を学校だけが持っているのは、それはそれで良い面も十分にあります。他の資本から切り離されていることで、いわゆる「文化的再生産」が起こりにくく、平等性を担保できているとも言えるからです。

 AO入試なんていうものは文化資本や社会関係資本がモロに学歴資本に変換されてしまうと言った点で最悪ですね。


 今の日本は、学歴資本を獲得するために経済資本がほぼ必須になってきていると思われます。まず大学の学費が高いし、都会だと下手したら幼稚園から子供を私立に入れる必要があるし、塾などに通わせるにもお金が必要です。


 なぜ学歴資本が重要なのかと言うと、やはり学歴資本は経済資本に直結しやすいからです。


 こんな感じで、ブルデューは、資本とは経済資本だけではないと示し、それぞれの資本が他の資本にどのような形で交換されるのかを『ディスタンクシオン』という著書のテーマの一つとしています。

ディスタンクシオン <1> -社会的判断力批判 ブルデューライブラリー

ディスタンクシオン <1> -社会的判断力批判 ブルデューライブラリー

 まあこの本は非常に難解で高額なので、買うのはおすすめしません。



 そして、ここで扱いたいのが「評価資本」という新しい現象についてです。

 ブルデューが研究した60年代には、SNSやブログや動画サイト等で個人が情報を発信し人気を集める、みたいなことが起こっていませんでした。

 ですが、YouTubeのチャンネル登録者数、ニコニコの再生数、ブログのページビュー、Twitterのフォロワー数、Facebookのいいね!の数といった形で可視化されるものを、経済資本に変換可能な資本と考えるのは、それほど突飛な考え方でもないように思います。

 自分を評価してくれる人の顔も知らないし、すぐに飽きられるかもしれないし、不祥事や失言で離れていってしまうかもしれない。そのような種類の不安定な資本ですが、ただ、それを経済資本に変換する仕組みが整いつつあります。

 YouTubeでも、ニコニコ動画でも、ブログや有料noteでも、お金を稼ぐことができる人が多くなってきました。


 僕の考えでは、評価資本とされるものは、その評価が可視化されるプラットフォームへの依存度がかなり高いです。つまり、個々人の評価はYouTubeやニコニコ動画のようなプラットフォームから独立してないし、プラットフォームごとにそれなりの断絶があると考えられるのです。

 プラットフォームの違いについていくつか例を出していきましょう。


YouTubeとニコニコ動画

 YouTubeで人気のあるヒカキンやはじめしゃちょーがニコ動で同じ動画を投稿して人気がでるかと言うと、そうでもないように思います。一方で、ニコニコで人気のある投稿者がYouTubeに同じ動画を投稿しても、ある程度は人気が出ることが多いです。クローズドなニコニコ動画と違い、YouTubeはオープンなプラットフォームだと見ることができます。

 また、YouTubeの収益は現状では広告収入ですが、ニコニコには「有料チャンネル」という、プラットフォーム内での人気をお金につなげる強力な導線があります。ただ、チャンネルを持てるかどうかは運営の恣意的な判断で決まります。


キヨともこう

 キヨともこうは、二人ともニコニコ動画の有名ゲーム実況者であり、有料チャンネルも所持しています。両方ともトップクラスに知名度のある実況者です。しかし、二人は収益にものすごい差があります。

 視聴者にも、お金を出してくれる層とそうではない層がいて、キヨのような女性人気の高い実況者は収益性が高く、もこうのように2ちゃんねらーにも名前が知られているようなアングラ系の有名人は収益率が低いです。


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 有料チャンネルの動画の再生数を見ると、大きな差が出ているのがわかると思います。てごわいタイプの視聴者を味方につけていても、そいつらは金を出してくれないということなのでしょう。悲しいなあ。


FacebookとTwitter

 FacebookとTwitterは、どちらかと言えばツール化してきているというのが僕の考えです。収益の土台となるプラットフォームには成り得ないような気がします。例えば人気YouTuberはTwitterのフォロワー数もものすごいことになっているけど、ツイートの面白さのみでフォロワー数を獲得したタイプの人の評価資本はそれほど大きなものにはならないでしょう。

 Facebookは社会関係資本に近いですが、Twitterはかなり評価資本的です。それぞれのプラットフォームの人気者の影響力が、Twitterのフォロワー数という形で可視化されるのはけっこう面白い。もちろん、資本という観点から見た時は、Facebookの友達関係のほうがTwitterの相互フォローよりもずっと価値が高いです。


ブログサービスと動画投稿サービス

 テキスト系と動画でも、かなり断絶があるように思います。テキストを書いてる人はなかなか動画などをやろうとは思わないだろうし、動画サービスで人気のある人も、ブログを書けば成功するわけではないと思います。

 個人的にはテキストと動画を両方やれる人は強いな、と思っているのですが、それを企業でやって成功しているのがAppBankです。AppBankによると、テキストを見る人と動画を見る人ではまったく層が違うらしいです。

 テキストが扱う領域はだんだんニッチになっていますが、収益率自体はテキストのほうが高いし、他の資本への転換のしやすさもテキストが現状では上のような気がします。



 まあこんな感じで、他にも色々と考えられると思いますが、とにかく、評価資本はプラットフォームに大きく左右されるということです。

 その上で、経済資本、文化資本、学歴資本などの他の資本と、どのような形で交換されていくのか、ということを考えると面白いかもしれません。


 文化資本や学歴資本は、使い方によっては評価資本に変換可能です。ピアノ引けるとか東大生ですアピールが有効な場合もあるからです。

 社会関係資本はかなり重要です。人気YouTuberやニコニコのゲーム実況者でコラボをやる人は多いです。

 経済資本ですが、岡田斗司夫が「これからは評価経済社会の時代になる!」と言っていたときの根拠は「評価をお金に変えることはできるけど、お金を評価に変えることはできない」というものでした。これは今考えると浅はかというか、評価資本なるものが新しく出てきたのは確かだと思いますが、それぞれの資本の相互的な交換可能性はそんなに単純なものでもないと思います。

 現状では、経済資本を評価資本に直接変えるのは難しいですが、評価資本を獲得しようとするときに経済資本があると当たり前ですが有利です。あと、経済資本を評価資本に変換するサービスを確立できれば、ビジネスとしてはけっこう成功しそうですね。


 まあ現在は過渡的な状況なので、これからどうなるかはわかりません。

 人気や評価と言った、インターネットから生まれた漠然とした数字が、あちこちで収益化されつつあるというのは、一つの現実ではあると思います。

 ただ、この種の現象は弱者の救済という方向にはなかなか働かないと思うので、評価があれば生きていけるとか、これからはブログやYouTubeでやっていこう、みたいな話はあまり信じないほうがいいです。



評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている

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