しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

脱糞小説を書いた

主要登場人物

増田貰志(ますだもらし)……主人公。脱糞してしまう。

伊吹紙子(いぶきかみこ)……貰志の憧れの女性。凛とした佇まいの美人。

阿部堀夫(あべほりお)……貰志の親友。野獣先輩にそっくりだがノンケ。

御手洗三田代(みたらいみたよ)……堀夫の彼女。4人は大学の同学年で同じ研究室。

うんち仙人……うんち谷にいる仙人。普段は杖をついているが足腰は丈夫。




 一同はとにかく空腹だったが、”試練”を少しでも有利にするためにお腹を空にしておく必要があった。

 グンマー県某所にある「うんち谷」では、人知れずある試練が行われていた。大便を漏らしそうな状態で丘を登り、てっぺんまで我慢することができたなら、伝説のトイレで用を足すことができるらしい。そのトイレを使った者はずっと健康でいられるみたいな噂があるとかなんとか。


 増田貰志、伊吹紙子、阿部堀夫、御手洗三田代の4人は、東京から車でグンマーまで向かっていた。都内を出たあたりから天気が雨から雪に変わり、積もるほどではないにしろ細かな白さが目でわかった。

 運転席に座っているのは堀夫で、助手席の三田代と一年前から付き合っている。もはや所帯じみるな……と後部座席の貰志は思った。貰志の隣には伊吹さんが座っていて、横目に見ると、窓から外を眺めていた。横顔もとても美しい。大学の同じ研究室の仲間として2年近く、実験やら何やらで長い時間を過ごしてきたけど、見るたびにはっとさせられてしまう。

 伊吹さんは、気の弱い男なら声をかけるのをためらってしまうようなキツい感じの美人なのだが、近く接してみると気さくで優しかったし、実験などの手際もすこぶる良く、天に二物も三物も与えられているような女性だった。

 貰志は自分が伊吹さんと釣り合うとは思っていない。それでも、幸運なことに一緒に話す機会は他の男より多かったはずだし、実は堀夫と三田代も後押しなんかしてくれていたりして、ものすごく恵まれた環境ではあった。しかしそれももう終わってしまう。貰志達は大学を卒業し、卒業旅行の途中だった。


 同じ研究室で長い時間を過ごした同期の4人で卒業旅行に行くのは無理のない展開だが、堀夫と三田代が変なノリを発揮して、うんち谷という妙なところに行くことになってしまった。

 ネットにさえ情報が載っていないうんち谷の情報をどこからか堀夫が仕入れてきて、なんと伊吹さんまで「おもしろそう」とかいう理由で、卒業旅行でそこに行くことに同意してしまったのだ。伊吹さんには妙にノリの良いところがあった。

 貰志は皆に合わせて同意したものの、卒業旅行で変なところには行きたくないと思っていた。この学生時代最後の旅行で、伊吹さんに告白しようということをずっと考えていたからだ。その試みには影がさしたが、一方で妙な期待が生まれ始めてもいた。

 うんちを我慢する試練なら、もし失敗すれば伊吹さんはうんちを漏らしてしまうことになる。ひょっとしたら自分が見ているところで……。



 うんち谷は正式な地名ではないが、市販の地図にも載っているグンマー県の某市にその場所はある。

 あまり秘境という感じもしない。市役所の近くに郵便局と大きめのスーパーマーケットはあるけれどコンビニエンスストアはない、というくらいの田舎だった。周りはグンマーの大自然に囲まれている。

 しかし貰志達が泊まることになっていた旅館はなかなか立派なものだった。そこらの建物の中で一番立派だ。堀夫の情報によると、この旅館で試練の受け付けをするらしいのだが、いざ来てみると人の少なさに不安になる。閑散としたグンマーの田舎に妙な試練を受けに来る人がいるとは思えなかった。ガセ情報じゃないのか?


 旅館の駐車場に車を止めて、確信を持ちきれずに外観を眺めていたところ、白い法衣のようなものを纏った男が近づいてきた。男は浅黒い肌の坊主で、着ている法衣はトイレットペーパーを思わせるようなデザインだった。

 男の身なりが”アレ”を連想させ、試練の話は本当だったんだ……と一同はその時点で確信までしたが、これも試練とやらの演出なのだろうか。貰志は感心するどころか引いてしまった。たしかに、うんち谷には独特の験者がいて日々修行してるのだと堀夫が言っていた。まさか本当のことだとは思ってなかった。


「ご連絡いただいた阿部さまでしょうか?」


「あ、はい。そうっす」阿部堀夫は野獣先輩にそっくりの妙に高い声で応える。


「こちらへどうぞ」


 トイレットペーパーに包まれたうんちのような験者に連れられて貰志達は旅館に入った。3階建ての木造の建物は入口に繋がった広間が吹き抜けになっていて、木組みの高い天井が見えた。古い建物だったが不潔な感じがするわけではなかった。

 大広間には貰志達の他にも試練を受けようとする人達が集まってきているみたいだった。ざっと見渡しても30人ほどいて、旅館の外と比べて不自然なくらいの人の多さだった。集まった人達にこれといった特徴はなく、子供連れもいれば老人もいた。

 貰志達もその集団に混ざりしばらく待っていると、腰の曲がった小柄な老人が歩いてきた。肌がアレを連想させるように浅黒く、白い髪の毛を巻き糞のようにねじって上に突き上げていた。同じ色の肌をした験者を5人ほど連れている。

「ちょwwwwwwwww」みたいな感じで、参加者として集まってきたDQN集団の一人の女が大げさに笑って、仲間たちも手を叩いたり身体を震わせて笑った。老人は鋭い目つきで参加者たちを見回す。


「私はうんち仙人と呼ばれておる」


 DQN達は声を出して爆笑。


「貴殿等にうんち谷の試練を受ける資格があるのかを見させてもらおう」


 まずはうんち仙人を笑っていたDQN達が最初に呼ばれ、不的確と言い渡された。


「お引き取り願おう」と、仙人は問答無用という感じに言い放った。


 DQN達は納得できないようで、仙人につっかかり始めた。


「はあ? 帰れってこと? 選別があるとか聞いてねーよ。俺たちは面白い試練が受けれるから貴重な休日使ってこんなクソ田舎まで来たわけ。金も時間も戻ってこないんだけどどうやって保証してくれんの?」


「うんち谷の試練は心を試す試練。脱糞はそれを恥じる心あって脱糞となる。貴様等に何が起こったとしても仲間内で笑い飛ばして終いであろう。そのような者達はこの谷の試練を受ける資格を持たん」


「どういうことだコラァ!」


「つまり、貴様は漏らしても漏らさずとも同じようなものだと言うことじゃ」


「はああああああっ?」


 DQNが大声をあげると同時に、一人の験者が彼らに向かって歩き出した。その足取りにただならぬ感じがして、その場にいる全員が彼に釘付けになった。

 DQNの近くで歩みを止めた験者は、法衣をサッとはためかし右手を股の中に突っ込んだ。トイレットペーパーのようなゆったりした法衣は、一見どういう仕組みになっているのかわからないが、脱がなくても股の下に手を入れることができるみたいだ。験者は屈み込み、尻の下に手のひらを添える恰好になった。


 プリュッ!


 まさか……と貰志は思ったが、そのまさかだった。験者が股から手を引き抜くと、手のひらには例の茶色い物体が乗っていた。手のひらにピッタリ収まる大きさだ。少し遅れて広がるその臭いが、周囲を恐怖と困惑で満たした。


「お引き取り願おう」


 うんち仙人が再び言った。験者は”アレ”を手のひらに添えたまま、無言でDQN達を睨みつけている。


「ちょwwwこいつらマジやべぇwwwww」


 DQN達は捨て台詞を残し、爆笑しながら去っていく。

 うんち仙人は、残った人達を見渡しながら言う。


「みなさま。ここで起こったことは他言無用ですぞ」


 仙人が目配せをすると、験者達が旅館から出て行ったDQN達を追っていった。

 小さく脱糞をした験者は静かにその場から立ち去り、ほのかに残る便臭が、集まった人達の恐怖を一層引き立てた。

 なんなんだこいつら……貰志はとんでもないことになってしまったと思った。DQN達はどうなるのだろうか。うんちで威嚇するとか意味がわからないが、しかしあの一瞬で思った通りの量を出す脱糞の技量、只者ではない。この谷の験者達は見た目のみならず、脱糞のエキスパートなのかもしれない。


 次にうんち仙人に呼ばれたのは大人しそうな夫婦だった。二人とも40代か50代といった年齢で、さっきのこともあってかすっかり縮み上がっていた。いったいどこで試練のことを聞きつけて自分たちも受けようと思ったのか貰志には不思議だった。案外こういう平凡そうな見た目の人達こそがチャレンジ精神を秘めているのかもしれない。

 しかし試練を受ける資格は貰えなかったみたいだ。ただ、うんち仙人は先程とは違って穏やかな笑みを湛えている。


「お主達夫婦の絆は固い。脱糞によりそれが揺るぐこともないであろう。故に試練を受けることは叶わんが、幸せに暮らしなされ」


「あ、あの……この谷のことは誰にも……」


 夫のほうが懇願するように言った。


「うむ。そうしていただきたい」


 仙人が満足したように言い、夫婦は怯えながらも出口に向かっていった。験者達が追いかけていくこともなく、その場にいる人達はいくらか安心した。


 次に呼ばれたのが貰志達だった。仙人がまじまじとこちらを見る。汚らしいじじいだな、と貰志は思ったがもちろん何も言わなかった。自分たちも断られそうだな……でも絶対にそのほうがいい。ちょっと変なことになってしまったけど、そのままドライブでどこか適当なところに行きたい。むしろ目的がなくぶらぶらしていたほうが、伊吹さんとゆっくり話す機会が多いかもしれない……。


「試練を受けることを認めよう」


 と仙人が言う。

 なんでだよ!? どうして自分たちは大丈夫なの? と貰志は思ったが口には出さなかった。こころなしか、うんち仙人がこちらを見て微笑みかけた気がした。


 貰志達は験者に案内されて部屋に通され、試練の説明を受けた。内容は事前に堀夫が言っていたのと同じだった。

 2泊の間、口に入れていいのは旅館が用意したものだけ。これは試練の条件を平等にするためだ。期間中は便通の止まる薬……正露丸みたいなものらしいが、それを飲んでもらう。お腹に溜めたものを試練の前に出せなくするためだ。当日にそれを”解放”する薬を飲んで、そこから試練が始まる。我慢したまま丘の上までたどり着けば、伝説のトイレでうんちをすることができる。それがどれだけ価値のあることなのかはよくわからなかったが……。

 一同は宿泊費と試練のお代として一人10万円払った。これも事前に聞いていた通りの金額だ。2泊で10万はけっこう高いが、むしろお金を取られたほうが安心できる。予定を決める段階でも、下手に海外なんかに行くよりも普通じゃできないような体験をしようということだったのだ。


 32畳間の広い部屋が男性と女性の二部屋ぶんあてがわれた。場所が余ってるのかもしれない。荷物を下ろしてしばらくすると食事に呼ばれた。

 4人は朝から何も食べていなかった。旅館で決められた量を食べなければならないなら、その前に出来るだけお腹を空にしておいたほうが試練は有利になる。その堀夫の情報に皆が納得したが、しかし実際に頑張ってしまう三田代も伊吹さんもなかなかすごい。理系の女性はそういうノリも大丈夫なのかもしれない。そして貰志はそんな伊吹さんがどうしようもなく好きだった。


 料理は大きなテーブルに所狭しと並べられていて、とにかく品が多かった。一人分の量がきっちりとわけられていて、男性のは女性よりも少し多めだった。試練を受ける人はすべて食べきらなければならない。アレルギーの有無も聞かれたが4人とも持っていなかった。

 味は申し分なく、量は多いけど楽に食べられそうだった。しかし、こんなに色んな品を一食で食べたのは初めてかもしれない。「芋茎(ずいき)」とか「石蓴(あおさ)」みたいな田舎の珍しい食品も多くて、田舎ガールの三田代はよく知っていた。小鉢に入った酢漬けの肉の料理があって、「これ鯨の肉じゃない?」みたいな話になり、験者に聞いてみるとそうとのことだった。

 食後にはお茶が出され、それに便を止める効果があるらしかった。味は渋みのある煎茶で、普通に美味しいと思える味なのだが、これをずっと飲んでいれば一週間経っても便がお腹から出てこないらしい。もし万が一試練の前に大がしたくなったら申し出て欲しいと言われた。

 お付きの験者は以外に気さくだし親切だったが、用意された食べものがちゃんと各々の口の入ったのか見張っていた。ふざけた試練なりに案外ちゃんとしていることはわかったが、貰志達の他に客の姿が見当たらないのが気になった。まさか試練を受ける資格があったのは貰志達だけなのだろうか? どうして自分は試練を受ける資格をもらえたのだろうか……貰志は訝しがる気持ちが消えなかった。恥じらいがなくても親密すぎても駄目。まさか、自分の伊吹さんに対する思いをうんち仙人に見抜かれていたりして……。


 食事の後は温泉に入る。

 堀夫と二人っきりで温泉に入ると、すこしビクッとする。堀夫にそっちの気はない。しかし彼はネット上の有名人である「野獣先輩」に顔も体型も似ていて、妙に高めの声までそっくりなのだ。それを教えたのは貰志なのだが、当時堀夫は非常なショックを受けていた。今では開き直ってネタにするようにもなったが、フェイスブックに自分の写真を載せたりは絶対にしないようにしていた。知っている人の目に入れば「【朗報】野獣先輩ついに発見される」というスレが立ってしまうだろう。


「貰志ェ! 勝つのはオレだ! 試練の前にオマエの出口をガバガバにしてやんよぉ!」


「アイエエエ! 堀夫!? 堀夫ナンデ!?」


「貰志の中、あったかいなりぃいいいいいい!」


 誰もいないので変なことを言いながらふざけあっていたら、「たまげたなあ♪」という三田代の声が隣から聞こえてきた。どうやら女風呂まで声が筒抜けだったらしい。堀夫から聞いたところ三田代はBLを嗜むらしいが、伊吹さんはそうでもないようだ。

 伊吹さんの印象を悪くしたかな、と思うと、本気で落ち込んだりしてしまう。

 それにしても、自分が誰かに与えたかもしれないささやかな印象にいちいち思い悩むなんて、中学生みたいだ。それが恋してるということなのかもしれないけど、大学を卒業する年齢になってそのような少年じみた快楽を味わうのは、何かずるいような気もしていた。「淫夢ネタはささやかじゃないんだよなぁ」という堀夫……野獣先輩の声が頭の中で聞こえた気もした。


 風呂から上がった後は4人でジェンガやトランプをして遊んだ。よくわからない状況に投げされてみんな神経が高ぶっていたが、旅館は妙に優しい静けさで、窓にはグンマーの真っ黒な夜の帳がかかっていた。



 朝食も夕食と同じ食堂に集まった。広い食堂だったが、お付きの験者と貰志達以外は誰もいなかった。伊吹さんと三田代はスッピン、というか化粧を完全にしていないといったふうだったが、生活感のある感じにドキドキして目がすっかり醒めた。朝食もそれなりに量があり、寝起きで食欲があったわけでもなかったが、ぺろりと食べきれてしまった。

 朝食の後は4人で試練の丘を実際に登ってみた。下見は許されている。道は舗装されていて、斜面がキツいところは階段になっている。それでも道を歩くと運動不足の貰志は息が切れそうだった。伊吹さんの手前、全然疲れていないように見えるよう努力したけど。

 丘の頂上には大仰な石造りの階段が見えて、近くで見ようとすると験者に止められた。これ以上は実際の試練のときではないと駄目らしい。石段を登りきれば、そこに目的のトイレがある。


 下見をしてしまってからは、グンマーの大自然をぶらついてみたが、それに疲れると旅館に戻ってなんともなしに時間を過ごした。昼食を食べて、だらだらして、夕食を食べて、寝て起きた朝に試練がある。

 大学の研究室ともまた違う、日常のくだけた感じの伊吹さんも、浴衣を羽織って気を緩めてる伊吹さんも、どうしようもなく素敵で、何気ない仕草の差分に認識のすべての容量持っていかれてしまうほどに貰志は思った。

 自分は彼女のことが好きなのだと言う確信を何重にも塗り込めていくような、ゆったりとした時間が流れていた。

 貰志がうんち谷を避けたかった理由は、卒業旅行の終わりに伊吹さんに告白したかったからで、もっとロマンチックなところに行きたかった。しかし一方でこの状況に幸福を感じてもいた。妙な試練のことが頭にあるなら、伊吹さんに告白しようと考えずに済むからだ。ただ伊吹さんの近くにいることに感謝していればよかった。

 貰志は、自分はこれまで何かを決定的にしたことがない、と感じていた。不甲斐ないとは思っている。好きだからますます好きになっていくような、ぬかるみのような気持ちの中で、今はそれが手放されていく疎ましさの最中にいるのだ。先送りにしてうやむやになった問題の切なさに馴染んでしまっていた。

 しかし、決定的な問題は差し迫っているのかもしれない。漏らすのか漏らさないのかという、逃げ場のない問題が。



 吐く息が白い。グンマーの朝は寒かったが、自然に囲まれ、身が引き締まる心地よさもあった。

 試練は午前6時から始まる。その日は朝食はなく、貰志は5時前に起きて温泉に入ってから外に出てきた。4人は丘の前の広場で思い思いに準備運動などをしている。伊吹さんはアキレス腱を伸ばす体操をしていた。


「伊吹さん、緊張してる?」


「うん。ちょっとね」


 話しかけると、伊吹さんは貰志に微笑みかけてくれる。


「なんかさ、どうしてこんなことになっちゃんだろうって感じ、ない?」


「あるある。なんか私も引っ込みがつかなくなっちゃったかな」


「なんか、ごめん。直前になって言うのもなんだけど、変なノリのイベントに付き合わせることになっちゃって。」


「私は別にいいよ。行くって言っちゃったし。でも貰志くんはこういうのやりたくなかったんじゃないの?」


「えっ、なんで?」


「いや、なんか、そういうふうに見えたから」


「そっか。いや、やりたくないというか、正直わけがわからないというかw」


「うん。ホントにね。私も成り行きでそうなっちゃったけど、何やろうとしてるのかよくわからないw」


 伊吹さん、わりと見ててくれるんだな。もう好きなのバレてたりして……と貰志は思う。試練の時間が近づいてもあまり緊張していない。伊吹さんの前で脱糞してしまうことに対する現実感がないというよりも、自分が妙な打算を持っていることに貰志は気づいた。

 吊り橋効果とは少し違うかもしれないが、お互いに尋常でない経験を共有したとき絆が深まるということはありそうだ。失敗したら失敗したで、伊吹さんが脱糞するところを見れるし、貰志にそういう趣味があるわけではないが、やはりいつも凛としている伊吹さんがそういう状況になったときにどうなってしまうのかを考えると、鼓動が高まって息が詰まりそうになる。

 もし伊吹さんが大変なことになってしまった場合、女の子だけに恥ずかしい思いをさせるのはまずい。そのときは自分も一緒に漏らしてしまえと貰志は思っていた。伊吹さんに告白して、その直後に盛大に脱糞しようという馬鹿馬鹿しい考えさえ頭に浮かんだ。


 広場には、貰志達4人に対して、ウンフェ(ウンチフェイス)な験者達20人ほどが整列し、うんち仙人は厳しい面持ちをし、「それではご武運を」と言った。やはり試練を受けるのは貰志達4人だけみたいだ。


 試練の大仰さに、貰志はやはり緊張してきた。伊吹さんが漏らせば自分も漏らして構わない。だが、自分だけが漏らしてしまう場合もあると考えると、気を抜くなんてとんでもない。


 丘を登るための最初の階段の手前に横長のテーブルが立てられていて、4つのコップが並べられていた。それを飲み干してからが試練の始まりだ。4人はそれぞれ手にとって、お互いを見る。貰志は嫌な予感がした。


「じゃあ、飲もう!」


 貰志が言って、4人は一斉に飲み干した。

 丘の頂上に続く階段を登り始める。お茶は生温かったが、生姜のような暖かくなる感じが食道を通っていった。貰志は自分の腹部を意識するのを避けた。とりあえず、本当にやばくなるまでは何も考えずにやり過ごしたい。


 こういうとき、どういうペースで歩けばいいのだろう。飲んだばかりのまだ便意を感じないときに距離を稼ぐべきか、余計なリスクを侵さずに一定のペースでゴールを目指すべきか。この問題については4人で事前に話し合っていたが、一度きりの試練で、他に受けた人の情報もろくにない以上、効果的な作戦は立てようがなかった。とりあえずは慎重に歩いて行くしかない。


 貰志はすぐ嫌な予感の正体に気づいた。4人が進むペースは、貰志が歩きたいペースよりだいぶ遅い。貰志としてはもっとずっと早く進むのが自然な気がする。4人は一緒に歩いていて、堀夫と三田代が二人並んで先頭を歩き、そのすぐ後ろに伊吹さんと貰志がいる。

 試練のときはそれぞれのペースで別々に進もう、という話しにはならなかった。事前にそこをちゃんとしておいたほうがいいという発想は貰志の頭にはあった。だが伊吹さんが脱糞するときに近くにいたいというのもあって、結局何も言い出さなかったのだ。

 堀夫や三田代の前でなら「ここからは自分のペースで行きたい」と言って先に進むことができた。だが今は隣に伊吹さんが歩いている。


 便意よりも、自分が万全でないという不安にやられそうになっていた。この試練はつまるところ自分の心との闘いであり、便意という大きな試練の不吉な前兆として、自分自身のミスが祟ってきた。

 いや、これはミスでない……そう貰志は思おうとする。これは必然なんだ! 伊吹さんを好きであるが故の試練、これが僕の試練なんだ……!



 まずは三田代が試練の洗礼を受けているみたいだった。彼女はすでに半べそになって、歩幅も小さくなり、進むペースはさらに遅くなった。


「やばいやばい。マジで、ホントやばい……」


 三田代が立ち止まり、屈みこんでしまった。顔を真っ赤にして、歯を食いしばっている。涙が目からポロポロ落ちている。三田代には悪いが、一人がここで早々と脱糞してしまえば気が楽になる。少なくとも自分が最初の脱落者ではなくなると貰志は思った。

 しかし三田代は、結局また立ち上がって、堀夫に支えられながら歩き出した。顔を泣き腫らすわりには漏らさない。三田代はなかなか根性があるのだ。


 便意は、それがまだ苦痛にはなっていないにしても、おそらくある。便器の前で思いっ切り踏ん張ればもりもり出てくるかもしれない。しかし貰志は考えないようにしていた。意識を別のところに向けて、淡々と歩く。

 道のりが残り1/4くらいのところまで来て、案外大丈夫なもんなんだなと思った。まだ一生懸命我慢しているという感じすらない。自分のペースで歩けていれば、おそらくこの時点でゴールは目前だっただろう。

 また三田代が、今度は木に手をついて身体をくの字に折り、一同は足を止めざるを得なかった。さすがにもう漏れるだろ、と思ったが、三田代はまた歩き出す。

 ふざけんな! 結局漏らさないなら立ち止まんな! お前がそういうことしたらみんなのペースが崩れるってことがわからないのかよ!

 自分でもびっくりするほどの、突発的で衝動的な怒りを貰志は感じた。「こんなクソ女とはとっとと別れちまえ!」と堀夫の胸ぐらを掴んで言ってしまいそうなくらいだった。どうしてこんなことを思うのかわからない。一緒に実験なんかをしていても三田代はトロくてドジなほうではあったが、苛立ったことなんてなくて、むしろ和んでいたくらいなのに。

 どうしてだ? それほど今の自分には余裕がないのか……?


 突然来た……とは思わなかった。ずっと感じていた重苦しい不安がついに具現化したみたいに、そう思ったときにはすでに猛烈な便意が自分の中にあった。


 全身から汗が吹き出す。ヤバい。これはヤバい! 自分の場合は、”イッキに来た”のかもしれない。下手をすれば三田代より早く漏らしてしまうのではないかと思い、その考えに絶望が後押しされていくように感じる。便意は身体的な苦痛に加え、不安や焦燥の感情を連れて暴れまわる。


 ……これは心の闘いだ。確かに伊吹さんの存在は僕の弱点だ。でもそれと同時に、僕の目的でもあるんだ……うんち谷の試練で脱糞しそうになるという状況を、当然ながら貰志は想定していた。そしてそのときは伊吹さんパワーで乗り切ろうと最初から決めていた。


 貰志は伊吹さんのことを考えた。ひたすら伊吹さんのことを考えようとした。伊吹さんがすぐ隣にいる。伊吹さんが漏らすかもしれない。漏らすかもしれない伊吹さんが自分のすぐ近くにいる。伊吹さんだって苦しい。伊吹さんに恥じないようにしたい。伊吹さん大好きだああああ。

 伊吹さんのことを考えると頑張ろうという気持ちになる。三田代に声をかける余裕も生まれる。


「三田代、大丈夫? 実は僕もかなりキツくなってきたんだけど、がんばろう」


「ゔん、が、が、がんばりゅぅうう」


 三田代は色々とヤバいことになってる。でも、彼女だって苦しいのに頑張ってるんだよな……。そして貰志は隣を歩く伊吹さんを見る。


「伊吹さんは?」


「私も、ちょっとつらいかも」


 伊吹さんのちょっと引きつった顔を見る。かわいい。


「が、がんばろう……」


「うん……」


「みんながんばれよぉ」と堀夫が野獣先輩そっくりな声で言った。


 ただひらすら、伊吹さんのことだけを考える。伊吹紙子という女性のことだけをマントラのように頭で念じて、この苦痛に耐えるのだ。伊吹さん、伊吹紙子。いつかファーストネームで呼びたい。紙子ちゃん。紙子。カミコ。

 カミコ!カミコ!カミコ!カミコぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!カミコカミコカミコぅううぁわぁああ(ry



 貰志は歩いた。階段を上った。仲間たちから離れなかった。

 便意には波がある。強い便意が押し寄せてきたときは、ただ伊吹紙子に対して祈り、念じる。持ちこたえるしかない。その波が引いていくときには、ひょっとしたら大丈夫なんじゃないかとさえ思い、しかしそういう思いも不安に押し込められていって、やがてまた強い便意が襲いかかってくる。

 波が引く合間、頭に流れ込んでくるのは、まだ小学生くらいの頃の、思い出とも言えないようなおぼろげな感情だった。脱糞することに最も「畏れ」を抱いていたのは、小学生の頃だったかもしれない。

 小学校時代は、学校のトイレでうんちすることは嘲りの対象になるものだった。子供の残酷さと真摯さがつくりだしたその規律の中で、貰志は幾度か絶望を味わい、そしてくぐり抜けてきた。耐えきれず散っていった戦友もいた。その内の一人は、保健室で代わりに履かされたブリーフの刺繍がセーラームーンだったことから、アダ名がセーラーになった。


 セーラー……君はいまどこで何をやっているのだろう。


 脱糞を我慢する苦しみは、生理的なものというよりもむしろ社会制度や人間関係に拠っている。人が人であるがゆえに課される試練。


 避けられない痛みはある。しかし排便を我慢し続けることは、人間のみに与えられた地獄だ。常に楽になる選択肢を突きつけられた上で、我慢し続けなければならない。生理に抗い続けなければならない。


 いつの間にか大人になり、脱糞は恥ずべきものではなくなった。「大してくるゾ」と気軽に言えるようになった。

 大人は色んな逃げ方を知っている。今だって、「ごめん僕もう限界www」と言ってそこらの木陰でやってしまえばいい。ズボンを下ろして出せば、尻を拭く紙はないにしてもそこまで大きなダメージにはならないはだ。脱糞を我慢する試練なんて馬鹿らしいし、むしろ自分が率先して折れたことで、今にも漏らしてしまいそうな三田代も最悪の自体にならずに済むかもしれない。彼氏である堀夫としても、彼女が盛大に脱糞するところを皆に見られたくないだろう。伊吹さんは、伊吹さんなら、自分のそういう行動を評価してくれるかもしれない。……そう考えて自分の行動を正当化することだってできる。逃げ方を知っている大人だから。でもそうやって、多分、何かを無くしたんだ。一体何を失ってしまったんだろう?

 そんな思いが腹痛の波の合間に去来し、後はひたすら伊吹さんのことを考えながら、歩き続けた。



 貰志達4人は、なんとか、一人も漏らすことなく伝説のトイレの石段の手前まで来た。堀夫は野獣先輩フェイスで小刻みに震えている。伊吹さんは困ったような苦笑いしているような表情になっている。三田代の顔は涙と鼻水でぐちょぐちょだ。自分も酷い顔をしているだろうな、と堀夫は思った。気温が低いし厚着をしているわけでもないのだが、下着は汗で重く湿っていた。

 石段を上った先にトイレがあり、そこまでの距離はあと50メートルくらいだろうか。石段の手前にはうんち仙人と験者達が待っていた。先回りしていたのか。

 あとは石段を登るくらいなら、なんとか我慢できそうだ。希望が見えてきて、腹痛も少し収まった気がした。


「えっ……」


 伊吹さんが驚いたようにトイレを見る。


「ファッ!?」


 堀夫が大きな声を出す。

 どうした? えっ? なに? トイレはあるんだよね? ……石段の上をよく見てみると、トイレとされるボックスは一つだけだ。外から見た大きさがすでにトイレの個室一つ分くらいしかなく、どうやっても4人が入れるものではなさそうだ。


「あ、あの……トイレが一人分しかないように見えるんですが」


「左様」


 貰志の問いにうんち仙人が短く答える。


「トイレの使用が許されるのは、この中の一人のみ!」


 うんち仙人がそう叫ぶと、験者がぞろぞろ出てきて、貰志達を円状に取り囲む。試練の始めに見送りしたのと同じ数だけはいるだろう。


「トイレで脱糞する"人間"でありたければ、他の者を蹴散らしてでもその座を奪え!」


「ふ、ふざけんな!」


 貰志は怒鳴った。普段は怒鳴るようなことはしないのに、自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。怒りが身体を回れば、お腹の痛みがごまかせるようにして、無理矢理にでも強気に出ようと思った。


「そういうことは、最初に言っておくべきだろ!」


 ふっ……と、うんち仙人が馬鹿にするように笑い、験者達もあからさまに嘲りの様子を見せた。こいつら、本性をあらわしやがった!


「なんだよそれ! いいよ! 試練とか伝説のトイレとか、くだらねえ! うんち谷なだけにクソくだらねえ! 僕はそこらへんの木陰で用を足してくるから」


 貰志は残りのメンバーにそう言って石段の反対方向に歩き出す。同時に相当ヤバい腹痛が来て、むしろ変ないじわるをされてラッキーくらいに思っていた。この様子だと石段を登り切れたかすら怪しい。


「ディーフェンス! ディーフェンス!」


「えっ!?」


 なんと、貰志達を円のように取り囲む験者達が、腰を落とし、バスケットボールのディフェンスのように貰志の進路を阻んだ。

 そのうちの一人は、貰志から目線を切らず、土埃がもくもくあがる鋭い横移動をことさらに繰り返してみせる。


「どうもーディフェンスに定評のある溜池上でーす」


「ふざけんなっ……!!」


 なんだこいつら、ふざけんな。突破は……無理だ。絶対に無理。今にも漏らしそうな状況であのディフェンスを突破する動きができるわけない。それに、五郎丸ポーズをとっている験者もいる。バスケ風ディフェンスを奇跡的に突破できたとしてもタックルで倒されてしまうだろう。


「お前らこんなことしていいと思ってんのか?」


 訴えてやる……と貰志は叫ぼうとしたが思いとどまった。ここは野蛮がむき出しになったグンマーのど真ん中なのだ。下手なことは言わないほうがいい。あのDQN達はどうなった? 女性である伊吹さんや三田代だっているのだ。


「ごめんなぁ、俺がこんな話持ってきたばっかりに」


 と堀夫が言う。


「いいんだ。別にいいじゃないか? 仲間だろ? うんちを漏らすくらい大したことじゃないと思うんだよね。生理的な反応だしね。そりゃ恥ずかしいと言えばそうなのかもしれないけど、今の場合は仕方ないじゃん。どうせなら、みんなで一緒に漏らさない? 一人だけでやっちゃうとショックだろうけど、みんなで漏らせば笑い話にできるからさ?」


 貰志はすがりつくように伊吹さんを見た。伊吹さんはちょっと笑って頷く。


「私もそれで構わないよ」


 彼女はそう言ってくれた。貰志はそれだけでもうすべてが報われた気がした。むしろ最高の展開かもしれない。本当は、意味のわからない伝説のトイレなんかで無事に脱糞するよりも、伊吹さんと一緒に漏らしたかったからだ


「ズボン履いたまま脱糞するんすかぁ?」と野じゅ……堀夫が言う。


「仕方ないでしょ! 私達の場合脱いだらうんち仙人とかに見られちゃうから」


 堀夫と三田代も、どことなく希望を取り戻したような顔をしている。そうだ、何も難しいことはないんだ。別に漏らしちゃってもいいじゃないか!


「ねえ、みんなでWAになって手をつなごうよ Go オ〜オ〜 さあ輪になって踊ろ ララララララ〜」


 貰志は、脱糞による極限状態と伊吹さんと漏らせる嬉しさで頭が馬鹿になっていたので、そんな変な提案をしてしまったが、3人とも応じてくれた。4人で輪になって手を繋ぐ。貰志は右手で堀夫と手を繋ぎ、左手で三田代と手をつなぐ。正面には、その二人手を繋いだ伊吹さんがいる。

 貰志がこくっと頷くと、みんな頷き返してくれた。


「ブーブー! ブーブー!」


 うんち仙人や験者達はブーイングをしている。構うものか。


「それじゃあ、漏らそう」


 真っ直ぐ見た先には伊吹さんがいる。漏らしてしまう。伊吹さんの目の前で。でも伊吹さんだって漏らすんだ。伊吹さん。ああ、伊吹さん。幸せだよ。伊吹さん。伊吹さん。ああ、伊吹さん。ああ、あああああ、あああ……あああっ!!


「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!


 叫び声は自然に出た。繋いだ堀夫と三田代の手に力が入り、自分も強く握り返す。

 脱糞の衝撃で堅く瞑ってしまった目の端に涙が滲む。膝がガクガク震えている。へたり込んでしまわないようにするのがやっとだ。

 熱いものがパンツのところに溜まり、それが溢れて内ももを伝い、足元まで勢いよく流れる。取り返しのつかない臭いに満たされる。


 瞑った目を開けて現実を直視するのが怖い。でも、一人じゃない。伊吹さんも脱糞している。脱糞した伊吹さんを見たい。あわよくば優しく抱きしめてあげたい。

 目を開ける。正面には伊吹さんがいる。


 伊吹さんは、寂しそうに、心細そうに、貰志のことを見ていた。

 えっ!? なんで!? どうしてっ!? どういうこと!? 伊吹さん、漏らしてないじゃないか……。伊吹さんだけが、まだ漏らしていない。


「ごめんね。三田代、堀夫くん……貰志くんも」うつむきがちに伊吹さんが言う。


 伊吹さんと繋いでいた三田代と堀夫の手がパッと離れた。


「う、うそっ! 紙子……なんでっ!? カミコナンデエエエエエ!?」


 三田代が自分の出したうんちの上にへたり込んだ。


「本当に、ごめんなさい。私ね、自分でも、よくわからないんだけど、ここで漏らしちゃったら駄目だって、急に思っちゃったの……」


「そんな! そんなのってないよ! うええええええええん」


 三田代が泣きじゃくる。やばい、メンタルがブレイクしてしまっている。


「ごめん。三田代。でも私、あのトイレまで行ってみたいと思うの」


 べちゃっ!


 堀夫も、自分の出したものの上に座り込んでしまった。心が折れたのだ。


「裏切られたって、はっきりわかんだね」


 伊吹さんは、本当に悲しそうな顔をして、石段の上のトイレを向いて歩き出した。


「伊吹さん!」


 貰志は振り絞るように叫んだ。伊吹さんが振り向く。


「伊吹さん、好きだ」


「うん」


 伊吹さんはそう言ったきり、向き直ってトイレへと歩き出す。

 どうしてここで言ってしまったのだろう。とっさに言葉が口から出た。彼女がどこか遠くに行ってしまう気がして。


 ドコドコドコドコドコドコドコ

 ピーヒャラピーヒャラピーピーピー♪


 験者達が小太鼓と横笛を取り出して演奏し始めた。伊吹さんが石段を登り始める。


「ねぇねぇ今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」


 験者達は超絶楽しそうな顔をして踊り出す。


「教えてよ貰志くん。ねぇ、今どんな気持ち?」


 貰志は震えの止まらない膝で、かろうじて立ち続けている。「ちきしょう……」とつぶやくと、涙がポロッとこぼれた。験者達はますます調子に乗ってNDK(ねぇどんな気持ち)ダンスを踊り続ける。うんち仙人が杖を放り出して高速ステップを刻みだす。


 伊吹さんは、さすがにつらそうで、身体をくの字に折り曲げながら、石段に手をついて登っていく。貰志は激しい無力感に襲われたが、なんとか立ち続けている。まだ完全には折れていないという思いが、かろうじて残っている。

 験者達はそれを折ろうと、ひたすら貰志を煽ってくる。一人の験者が身体をくねくねさせて、伊吹さんの凛とした表情を真似した。真似できていないが。


「伊吹さんwww 好きだwww」とうんち仙人がその験者に向かって言う。


「うんwwwwww」とそいつが女声で答える。


 先程のやりとりを再演しているのだ。普段の貰志なら何やってんのこいつらと思って流せるのだが、脱糞で弱り切ったメンタルは風前の灯火だった。


「伊吹さああああん、すっきだああああwwwwww」


「うwwwwwwんwwwwww」


 うんち仙人と験者は小学生レベルの煽りを繰り返す。


「あ、あ、あ、あ、あわわわわわわ」


 貰志の口から意図しない声が漏れた。もう精神のほうも限界が着ている。足元の糞溜まりには汁っぽい便が広がっていて、せめて数歩いて抜けだしてからへたり込んでしまえばいいのだが、それすらできない。足が自分の意識から切り離されているみたいに、ただ震えている。なんとか胴がバランスを取って浮いているだけだ。


 伊吹さんが石段を登り切ってしまった。そしてトイレに入っていく。やっぱり彼女はすごい。すごいのだ。自分には手の届かない存在だったのだ、と貰志は思う。


「伊吹さん、好きだ」


「うんちwwwwwwwwww」


 また仙人達が繰り返す。くだらねえ! と思いながら、とうとう貰志はべちゃりと自らが作った糞溜まりの上に崩れ落ちた。


 ドッ!!!!!!


 信じられないことが起こった。伊吹さんが入った四角いボックスから、糞柱が上がったのだ。うんちが、その箱から天へと突き上がっている。そのうんちは明らかに一人の人間が出せる質量を超えていた。


「伊吹さん!!」


 貰志は突っ伏したまま叫び、まだそれだけの声が出せる自分に驚いた。しかしそんなことはどうでもいい。伊吹さんは無事なのだろうか。


「伊吹女史は無事じゃよ」


 うんち仙人が満足そうな笑みを浮かべる。


「うんち谷の試練の目的は、ある特殊な能力を発現させる者を選ぶことにある。今その資格を得た伊吹女史も知るところではなかったが、しかし 彼女は本能的に自分の使命を感じとったのじゃ。貴様らのような糞漏らしとは違ってのう」


 な、何を言っているんだこいつは? 特殊な能力? 


「何を選び、何を食し、そして自分を通して何を見出すのか……。人は脱糞によってその価値を試される。脱糞を極めた人間は、ある特殊な能力を手に入れることができる。わしはその力の発現者を見出し、手助けしておるのじゃよ」


 仙人は目を細めて、トイレから上がった糞柱を見た。


「彼女は”心象系”の能力じゃな。使いようによっては非常に強力じゃ。あるいは、術者は過酷な運命を歩むことになるかもしれんが」


「何だよ、能力って……どういうことだ?」


「旅館では様々な料理が出されたじゃろ? あれはその者の特性を見極めやすいように計算されて出されておった。わしは出されたうんちを見ることでその者の能力を判定することができるのじゃよ……お前は……なっ!!?」


 うんち仙人は何気なく見つめた貰志の便に目を見開いた。


「まっ、まさか……」


 仙人は首を横に振る。


「わしも歳で目が曇ったか……こやつが、そんなわけがない! 所詮は試練に選ばれなかった者……」


「な、なんなんだよ」


 貰志は恐る恐るたずねる。


「なんでもないわ! 人は排便という生理的な現象を我慢することにより初めて人になる。試練に敗れてしまったということ、我慢しきれなんだということは、所詮貴様は人間にすらなりきれんのじゃ!」


 うんち仙人は貰志の頭を思い切り蹴っ飛ばす。


「ほぎゃっ!」


 貰志は反論したかった。だが、便の臭いにまみれて、どんな言葉も説得力を持たない気がした。


「伊吹さんをどうするつもりなんだ……」


「来るべき時に備えておるのじゃ。”うんち”派と”うんこ”派の糞で糞を洗う大戦、”ちんこ戦争”がまもなく始まる。誰かが戦わなければならぬ。その任を買って出た伊吹女史に感謝すべきじゃな。敗者は要らぬ。貴様らはせいぜい自室のトイレに閉じこもって震えておれ!」


 その言葉を聞いたのを最後に、貰志は意識を失った。限界が来て気絶したのか、殴られでもしたのかはわからなかった。



 起きると、清潔な服に着替えさせられていて、うんちまみれになった服は綺麗に洗濯されていた。験者達に促されて、すぐに荷物をまとめて旅館を出た。もう二度と谷に足を踏み入れないように言われ、伊吹女史を除く3人で車を走らせた。

 三田代はずっと泣きじゃくっていて、堀夫は運転に手一杯といった感じだった。無言の長いドライブが続いた。

 放心したように中を見ていた貰志は、かすかに便意を感じた。あのとき、まだ全部出し切れていなかったのかもしれない。その便の存在に、意識が引き戻されたように感じた。「伊吹さん……」とつぶやく。窓から外を見渡す。車はもう都内に入り、グンマーからはずっと遠ざかっていた。


「伊吹さん!!」


 と貰志はありったけの声で叫んだ。




――― 2年後


 この日、都内の結婚式場で、堀夫と三田代の結婚式が行われた。伊吹紙子の姿はそこにはなかった。大学や職場の多くの仲間が祝うなか、祝辞を読み上げた増田貰志だけが、新郎と新婦に植え付けられた特殊な性癖のことを知っていた。そして彼は式の間ずっと大便を我慢していた。


 結婚式場にも、駅やそこらの建物にも、民家にも、当然ながらトイレはある。しかし貰志はそこに立ち寄ることを自ら禁じ、トイレをするのはサイタマーにある自分のアパートでだけと決めていた。鍛えているのだ。この2年間、ずっと鍛えてきた。

 もう10日ほど、便をしていなかった。自分の意志のみで押さえつけてきた。朝、部屋を出る時点で冷や汗が流れていたが、結婚式を無事に終え、何度も近くのトイレに駆け込みたい誘惑をはねのけ、満員電車に乗ってアパートの最寄りの駅につく。

 一目散にアパートを目指すようなことはしない。やせ我慢にやせ我慢を重ねながら、スーパーで明日の朝食などの買い物を済ませる。


 部屋の鍵を開けても、いきなりトイレに駆け込むようなことはしない。もう汗がだくだくで常に眉毛がピクピク動いているが、あえて余裕があるように振る舞う。うがいと手洗い大事!

 ジャズを流しながら、コーヒーを入れて啜る。カップを持った手がプルプル震えている。自分でも何をやっているんだと思う。

 ようやく貰志はトイレに入ってズボンを下ろす。出す直前に大を流すレバーを捻った。そうしないと溢れてしまうからだ。貰志が腹に蓄えているそれは、常人が一時に出せる量を遥かに超えていた。


ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!


 激しく脱糞しながらも、鋭い表情を緩めることは決して無い。増田貰志は、誰に知られることもなく自らを鍛え続けていた。憧れの女性、伊吹紙子を救うために。




つづく(つづかない)