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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

「RPGツクールMV」は新しい創作のジャンルになるか?

ゲーム ニコニコ動画

 先日、ニコニコ闘会議に行ってきました。

 ボドゲしたりライブ聴いたりスプラトゥーン甲子園見たりと色々楽しかったんですが、自作ゲームコーナーもなかなか良かったです。


 現在、「RPGツクールMV」というソフトが発売されています。無料で一ヶ月使える体験版がダウンロードできます。

 MVはマルチビューという意味で、ブラウザでもアプリでも同じゲームが発表できます。ソフトはmacにも対応しています。



「誰でもゲーム感覚でRPGを作ることができる」というのが、長い歴史を持つRPGツクールのコンセプトでした。


 今後、「RPGツクール」が、小説や漫画のような一つの創作ジャンルになるかもしれません。デジタルゲームの大規模化と専門化が進む現状を見るとそう思います。


 もともとゲームは作るのに時間と労力がかかる大規模コンテンツなのですが、ハードのスペックが更新されるにつれてその傾向が強くなり、商用ゲームを作るハードルは今やとんでもない高さです。携帯ゲームが出てきて一時はそれが下がったのですが、今はスマホゲーも家庭用ゲームと同じような大規模化の道を辿っています。


 一方で、和ゲーのプレゼンスが世界的に高かったのは、ゲーム産業が小規模で個人の作家性を発揮しやすかった時代でした。大規模化、専門化が進むにつれて、日本のゲームが世界市場に占めるシェアは減っていきました。



 RPGツクールを考えるにあたって、そもそも「ゲーム」というジャンルで区切る考え方は本当に正しいのか、という話をしたいと思います。

 日本は、「ゲーム」というジャンルが独立したものとして確立しているわけではないのではないかと僕は考えています。

 それは和ゲーの質が低いという意味ではありません。ただ、日本では、ゲームというジャンルが独立して専門化する方向には進まなかったということです。



 日本は、良くも悪くも、「ジョブ=仕事」という考え方が根付いていないと言われます。濱口桂一郎さんの本などで解説されていますが、欧米では何をやったかに賃金が支払われるのに対して、日本では所属に賃金が支払われる傾向があります。

日本の雇用と労働法 (日経文庫)

日本の雇用と労働法 (日経文庫)

 仕事が所属によって評価される場合、同じ内容の仕事をしていても正社員と非正規ではまったく待遇が違ったり、役職が高いだけでソリティアをしていても高給を貰える人がいるという都市伝説すらあります。

 有名な話ですが、欧米ではジョブごとに労働組合が作られるのに対して、日本では「企業別労働組合」といって、それぞれの会社ごとに組合が作られます。


 世界基準から見ると日本のやり方は少々特殊であって、様々な矛盾を産みますが、うまく機能している部分もあります。

「ジョブ=仕事」でやっていた場合、特定の業種が廃れてしまうとその人達は全員仕事がなくなってしまいます。もちろん会社も破綻してしまいます。

 しかしジョブと関係なく、所属という形で会社と結びついていれば、組織力を維持したまま柔軟に人材を動かすことができ、技術革新にも会社単位で対応できます。日本の会社は色んな部署を順番に経験させるという人の育て方をよくします。

 そのようなやり方が、高度経済成長期には日本的経営ともてはやされていたわけです。産業が大きく転換しても、日本の会社は比較的うまくやっていけました。(それは雇用形態だけが要因ではありませんが。)


 一方で、そのやり方では不都合なところもあり、今日ではそれが目立ってきていると言えます。「ジョブ」同士で人が繋がれないので、組合活動やロビー活動などをやってジョブ全体の待遇を上げていこうみたいなことにはなりません。

 そのため、専門技術の軽視が起こり、ITみたいな新しい産業はなかなか待遇が良くなりません。また、大学院で専門知識を学んだポスドクの就職が難しいのも、ジョブで評価されるわけではなく所属で評価されるからです。日本はいまだに新卒一括採用を重視する企業が多いです。

 ジョブにこだわらずに柔軟に人材を動かせる代わりに、専門化が難しくなる。


 日本のゲーム業界も例に漏れず、「ゲーム」というジャンルの専門化がなかなか進んでいきません。「会社」という枠組みを重視してゲームを作り続けています。


 海外のゲーム会社は、多くの場合もともと「ゲーム会社」として設立され、専門技術としてのゲームを磨いてきました。賞などの権威を積極的につくってゲームという娯楽の社会的価値を高めようとしたり、ゲームエンジンやゲーム制作のノウハウを積極的に共有したり、大学などの教育機関によるオフ・ザ・ジョブトレーニングを充実させてきました。


 一方で日本のゲーム会社は、まず会社があり、その事業の一環としてゲームを作り始めました。任天堂、バンダイ、カプコンは元は玩具や遊具を作っていた会社だし、スクエニやゲーフリは出版です。DeNA、GREE、mixi、ガンホー、コロプラのような新規参入組でさえ、元々はSNSやネットワーキングサービスを手掛けていて、ゲーム会社ではありませんでした。


 ゲーム制作へのアプローチとして、ゲームという「ジョブ」のために会社を作って専門化を進めるか、会社の事業の一つとしてゲームをやるか、という違いです。


 専門化のメリットはわかりやすいです。働く人の待遇も良くなるし、ノウハウも共有されているし、専門教育もやりやすい。特にデジタルゲームはその特性からして専門化が進んでいく産業なので、時流にも合っています。

 一方で、コンテンツには他ジャンルとの交流で豊かになる部分もあり、専門化の流れがそれを妨げてしまうということも起こり得ます。つまりワンパターンになっていくのです。


 専門化し、国籍や文化的背景を問わず優秀な人材を取り入れるためには、わかりやすい共通の規格が必要です。米国のゲーム産業の場合、その基準が「シミュレーション」ということになるのだと思います。

 米国の大作ゲームは、現実にある世界を再現しようとしたものが多いです。作る側からすれば目的がはっきりしているのでやりやすくなる。どんどん映像をリアルに近くし、想定されうる物理法則などを再現していけばいいだけだからです。

 シミュレーションという共通規格は非常に強力で、広い海外のゲーム市場はそのようなコンテンツが席巻しています。専門技術と資金力がそのまま質に影響して、クオリティの高い作品が出来上がるからです。

 一方で、開発費がかかり専門化が進むほど、馬鹿なことができなくなるし、新しい発想を取り入れるのも難しくなっていきます。


 日本の会社は、ゲームクリエイターという専門職ではなく、会社に所属している人達の事業の一つという形でやっていて、そのデメリットは言うまでもありません。

 しかし、そのようなやり方だからこそできることもあり、その最たるものが「ジャンル横断的」である点です。ジョブごとに分断されていないからこそ、漫画やアニメの発想を持ち込むことが可能でした。


 和ゲーが一時期海外市場のほとんどを占めたこともありましたが、それは漫画やアニメなど隣接するジャンルの蓄積をそのまま持ってこれたところが大きかったでしょう。新しい産業のゲームが成熟過程にあったからこそのアドバンテージだったのかもしれません。現在は、合併・買収で巨大になった米国企業が作るゲームコンテンツがグローバルな市場では主流ですが、それはそれで必然的なことなので、特別日本がダメになったというわけではないように思います。むしろ任天堂などの企業がいまだにうまくやっていけているのは奇跡的なことかもしれません。



 世界中でスター・ウォーズが映画ランキング一位なのに日本では妖怪ウォッチが一位ですげえみたいな話があって、それがジャンル横断的なメディアミックスの力と言えなくもない。

 映画見たら妖怪メダルが貰えてそのメダルがゲームでも使える……みたいな、子供だましのようなやり方で、なおかつ日本のコンテンツ業界では使い古されたものなんだけど、それでもグローバルスタンダードに対抗できる可能性かもしれません。


 日本のゲーム産業もアメリカのように共通規格を定めて専門化を進めるべきだ、という考え方もあります。それは程度の問題でもあるので少しは進めたほうがいいと思います。ただ、今までの文脈を考えずにそういうことをしても、そのまま向こうに吸収されてしまうだけかもしれないし、無国籍的なものがどんどん強く大きくなっていくことに対する危機感もあります。



 昨今流行りのソーシャルゲームだって、「ジョブ」として専門化が進んだら成り立たない種類のコンテンツです。

 日本のソシャゲは独立したコンテンツではなく、他ジャンルも含めた日本のコンテンツ全体の収益回収を担当するシステムだと僕は思ってます。


 ソシャゲはそれ自体で完結しているわけではなく、コンテンツとして必要なものをアウトソースしています。

 例えばゲームに登場する「キャラクター」の多くは、他のアニメなどの作品の力を借りています。版権モノは言うまでもなく、パズドラやモンストなどもコラボは頻繁にやっています。


「おそ松さん」がスマホゲーム化されるそうですが、多分そんなに頑張って作ったものではない感じがします。(それこそ「専門化」された人達ならまず作らないような種類のものです。)

 しかしゲームの出来が悪かったとしても人気は出るでしょう。今後、ゲームにおいて版権の価値はますます上がっていくだろうと思います。例えば「おそ松さん」を使うことができればソシャゲを運営していく上で非常に有利になるからです。

 ソシャゲ黎明期はゲーム側の立場が強かったのですが、ゲームがレッドオーシャンになるにつれて、人気がありながらも収益の仕組みを確立できていなかったアニメが強く出れるようになっていきそうです。


 また、「コミュニケーション」の部分も日本のソシャゲはアウトソースしていて、それはAppBankやGameWithのようなメディア事業、ゲーム実況者達が担っていると言えます。マックスむらい率いるAppBankも無事に?上場を果たしました。


 フリーミアム化でコンテンツをそのまま売ることが難しくなって、特にアニメや実況のような動画産業はそれだけで収益を得るのが難しいのですが、今後はソーシャルゲームがジャンル横断的な日本のコンテンツ産業全体の収益担当になっていくでしょう。

 ゲームは収益を回収しやすい仕組みを備えていて、そのお金がアニメ会社とかメディア事業とかユーチューバーとかに回るからです。



 アニメを面白い原作がピックアップされる仕組み、ソシャゲを収益回収の仕組みと考えることができますが、一番重要なのは、個人の作家性が発揮されるコンテンツの源泉です。


 ジャンル横断的な産業の中でも、個人や少数で作れる小規模なものと組織が必要になる大規模なものがあって、個人の作家性を発揮しやすい小規模な作品が、とくにジャンル横断的であった場合、コンテンツの源泉を担っていると考えられます。

 特に「漫画」は、ストーリー、ビジュアル、テキスト、構成、編集などが一人で可能な、個人の作家性を発揮する上で非常に優れたジャンルです。現在、日本のコンテンツの核になっているのは漫画でしょう。そして漫画で成功したものをアニメが取り上げ、人気のアニメをソシャゲのキャラに、という流れができるかもしれない。


 非常に遠回りになりましたが、ここで「RPGツクール」が出てきます。大規模化していくゲームは作家性の供給源からは離れていきますが、「RPGツクール」は、創作に関わりやすい源泉の部分のコンテンツです。


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 なんだかんだでゲームは小規模なものでも一から作るのはハードルが高い。プログラミングのみならずイラストやBGMも用意しなければならない。しかしRPGツクールは用意されたパーツを組み合わせるだけで「ゲーム」を作れます。

 そして、必要になってくるのは「ルール作り」や「調整」や「演出」であり、ここらへんは案外、個人の創作ジャンルとしては手付かずだったのではないでしょうか。ここが盛り上がれば、すごいことになると思います。


 僕がもともと「RPGツクール」に注目していたわけではなく、ドワンゴの方たちがそれを積極的に進めていて、それを見て、「確かにこれからはRPGツクールかもしれない!」と思うようになってしまいました。



 サンプルゲームをやってみるとわかるのですが、ブラウザで動かせるというのはなかなか快適です。短編ゲームだとダウンロードするのが億劫だったりしますから。


 また、ウェブで動かせるというのはそれ自体が重要なことだと思います。

 ソシャゲは盛り上がっていますが、しかしアップルやグーグルが作ったプラットフォームの上にいるわけで、これも長い目で見ればどうなるかはわかりません。そこらへんも考えて、ドワンゴはプラットフォームを整備していこうと考えているのだなあと感じました。



 現在あらゆるコンテンツがしのぎを削って消費者の時間を奪い合っているわけで、何かを盛り上げるのはそんなに簡単なことではありません。

 しかし、「作りやすい」というのは時代の流れを捉えていると思います。小説を読みたい人よりも小説を書きたい人のほうが多いというのはだいぶ前から言われていますが、ゲーム制作のハードルが下がれば、ゲームをやりたい人よりゲーム作りたい人のほうが多いという状況になってもおかしくはない。


 ツクールへの参加方法もジャンルを問わないもので、素材となるイラストやBGMを投稿したり、作られたゲームを実況するという形で作者と実況者が繋がったりと、参加の仕方は様々です。コミュニティが作られれば、素材などもどんどん充実し、作りやすくなっていきます。

 もともと日本で「ゲーム」と呼ばれていたものは、専門化ではない素人が作ってきました。プロのものになり素人の手から離れていく「ゲーム」というジャンルは、RPGツクールが盛り上がることによって取り戻されるのかもしれません。


「RPGツクール」と聞くと、「懐かしい!」と言ってしまう人が多いと思いますが、ウェブという平等なプラットフォームで発表できる仕組みやコミュニティが誕生するのはこれからです。

 日本の創作文化の正統な系譜の先に、これからのRPGツクールがあるのかもしれません。



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