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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

はてなブックマークというサービスについて思うこと

はてな ブログ論

もくじ


はてなは変わってしまう

 最近感じるのは、はてなの新規ユーザー増えたなってことと、ステマ依頼が露骨に多くなってきたなってこと。僕のような弱小ブログにまでステマ(もしくは直マ)のお知らせが来るんだから、ブログやってて同じようなことを感じてる人は多いのではないだろうか。


 ブログのアイコンを描いてもらった小島アジコ先生のエントリーが印象に残った。

世間でブロガーとして認知、人気がある人の素質というものが、リアルで必要とされる能力と、とても似てきていると思う。


 僕はまだはてな歴2年の新参だが、それなりに過去の文章も漁ってきて、かつてのはてなと変わってきてるなというのは感じる。今回はそれについて書いていく。


 はてなの核は「はてなブックマーク」だと思っている。はてブは他のはてな関連の全サービスを合わせたものよりも遥かに価値がある。


はてブほど優れたサービスはそんなにない

 はてなブックマークの凄いところは、もともと分散を志向するインターネットにおいて、ホットエントリーという中心をつくりだしたこと。また、その中心がブクマの総計という恣意的でない形でつくりだされること。そして、そのサービスが10年続いて歴史と文化をつくりあげてきたことだ。


 はてブの恩恵を受けてきたブロガーは多い。今や信者を囲ってしまったちきりんやイケハヤもそうだし、200万部売り上げたハックルもはてな出身だ。やまもといちろうは現在もはてなにどっぷり浸かっている。

 多数のメディアから依頼を受けている売れっ子のよっぴーでさえ、はてブでバズること前提に企画を貰っている。よっぴー自身もはてなアカウントを所持して積極的にはてブを使っている。


 はてブのホッテントリはまだまだ影響力がある。トップクラスのライターでさえなんだかんだではてブを頼りにしていたりする。

 一方で、質の低下も目立つようになっている。互助会であまりにも内容の薄いエントリーが上がってきたり、グラビアアイドルを載せたまとめサイトがステマで頻繁に上がってくる。


互助会と無言ブクマ勢

 はてブのホッテントリ掲載はブクマされた数によって決まるので、「お前のブログをブクマしてやるから俺のブログもブクマしてくれよ」という暗黙の了解を積み上げ、お友達パワーだけでホッテントリ入りを狙う集団が一般にブクマ互助会と呼ばれる。

 しかし、互助会と真っ当なコミュニケーションとを線引くのは難しい。現在活躍しているほとんどの人気はてなブロガーも実質的にはブクマを回し合っているわけで、広義で言えばみんな互助会だ。一度もブクマしたことのないブロガーだけが石を投げなさい。


 もともとはてブの仕組みから言って、初動が最も難しい。最初の3から5ブクマくらいは、お友達か読者に頼らないと仕方ない部分がある。しかし最近あからさまなのは、初動だけじゃなく、互助会のみで30から50ブクマくらい集めてホッテントリ入りする記事が目立つことだ。そして糞みたいな記事ばかりが上がってくることになる。

 しかし互助会を責めるのは違うと思う。これはサービス運営側がやろうと思えば簡単に対処できる問題だからだ。

 同アカウントの連続ブクマはカウントしないみたいなやり方では互助会に対して効果がない。そんなの友達の輪を拡大していけばいいだけだからだ。どうせ互助会なんて記事の中味は読んでないだろうし、タイトルだけ見て「参考になりま〜す」「そうだったんですね〜」みたいな感じで一日30から100ブクマ程度は大した手間じゃない。1記事投稿する際にその3割でもブクマが返ってくれば確実にホッテントリ入りできる。

 でも互助会を排除するのは簡単で、「はてなブログ」と「はてなブックマーク」を切り離せばいい。ブログ用のアカウントでブクマした数だけはてブ掲載に負の補正をかけるというシンプルな仕様でオッケー。


要するに言えばキュレーションされたがるプレイヤーとキュレーターの兼任者が多いはてなブックマークのようなメディアは評価軸が狂っていくので、キュレーションメディアとしての役割を果たせなくなるということだ。

 プレイヤー(はてなブログ)とキュレーター(はてブ)を兼任できる場合、キュレーションサービスであるはてなブックマークがまともに機能しなくなるのは当然のことで、現に互助会化でそうなっている。

 だが、もしこの二つを切り離してしまえば、はてなブログは多くのユーザーに見向きされなくなるだろう。一方で安定して金を落としてくれるのは、ブクマではなくブログのほうだ。

 はてなブログとはてブの組み合わせはもともとが互助会化しやすく、むしろもっと徹底的に互助会が発展していてもおかしくないくらいだ。当たり前だけど運営側もそれはわかっていて、はてブの質をよくするよりもプレイヤーを多く呼び込んだほうが企業にとってプラスになると判断しているだけだ。僕はその判断自体は間違っていないと思う。


 それに、互助会連中もキモいけど、はてなの本当の闇は無言ブクマだから。

 これは1000ブクマ越えた記事だが、コメントを書き込んでいるのは1割に満たない。「参考になります」「面白いですね」「すごいですね」とか書き込んでいる互助会はまだマシなほうで、それよりやばい無言ブクマ勢のほうがずっと層が厚いのだ。情弱を騙すビジネスはこれからもなくならないであろうことがよくわかる。

 互助会でホッテントリ入り→無言ブクマ勢にアクセス、というのがはてブ成り上がりの鉄板かもしれない。


 もうキュレーションサービスとしてのはてなにはあまり期待できないか。オチューン氏をはじめとする優秀なキュレーター達がはてなを見捨ててしまった。

 しかし、はてな側からすれば、はてブというサービスの質が高まるよりも、ブロガーの参入を促して内側のゲームを盛り上げたほうがずっと収益に繋がるだろう。ブログサービスというよりも、はてブのランキング機能を活かしてMMORPGのようにサービスを運営したほうがいいのではないか。スターだけじゃなくてブクマ課金もできるようにしよう。


何かを語ることで自分を表現すること

 人間の一番の関心事は、基本的には自分自身で、まずこれを認めないと始まらない。

 問題は、「自分自身」を直接打ち出していくのか、何らかの対象を語ることで自分を表現するのかだ。自分を語る代わりに何かを語ることは、歪んでいると言えば歪んでいるし、リア充的な価値観からすれば不自然に思われるかもしれない。


 「自分」に最も関心のある素直な人達に一番ヒットするのは、彼らが変わっていくキッカケになると思わせるようなエントリーだ。


 度々はてなでヒットする英語学習エントリー。同じような内容のものがいくつもある。

 こういうのは基本的に、達成を前借りするポルノだから。そこで示されたステキな方法を達成していく自分を思い浮かべるところに記事の効用のピークがあって、その先には行くのはむしろ例外だ。英語学習エントリーのブクマに効果があるなら今頃はてなーはTOEFL満点とれるようになっているというのはよく言われること。


 この類のものは、しかし、実際に効果がないものだからこそ記事としてはヒットはする。

 ブログでこうやったら成功したとか、ブログで稼いで飯食えるみたなものは、「自分もできるかもしれない」と宝くじを買う人のように妄想させる機能自体がコンテンツになっている。重要なのは、これを読むことで自分も変われるかもしれないと読者に思わせること。


 YouTubeやブログみたいなシステムは、自分も彼らのようになれるかもしれない、同じようなことができるかもしれない、という「参加への感度」を匂わせたもののほうがフォロワーを獲得しやすい。

 それはとても真っ直ぐでわかりやすく、即物的な世界だ。(当然ながら、真っ直ぐだから素晴らしいと言いたいわけではない。純粋な気持ちで会社を辞めてプロブロガーを目指してしまったりするし)


 自分を堂々と誰かに打ち出すこと、それを求める社会に馴染めない人もいる。カメラの前でピースしたくなかったり、自分をよく見せるために服装を選ぶという行為が憂鬱だったり、自分を語るときに必ず紛れこむ欺瞞にどうしてもモヤモヤしてしまうような人はたくさんいる。

 そして、そのような人達は、匿名で、必ずしも自分を含まない「何かを語る」という形で自分を表現してきたし、そのような空気が文化として成り立っていた空間がインターネットにはあった。

 はてなの伝説コンビニ店長らしい。文章のみでここまで人を湧かせることができる書き手はそうはいないだろう。

 彼はイケハヤのことがわからないと言った。でもほとんどの人間は、何らかの対象についての話題じゃなくて、自分自身に直接関わってくるものに興味があるんだよ。「これってすごく興味深いよ!」よりも「君も会社を辞めて文章で食べていけるようになるよ!」のほうが多くの人を惹きつける。自分以外の何かについて安心して語れる居心地のよい場所って、案外貴重だったのかもしれない。


 なんていうんですか、インターネットのひとが空気のように呼吸している「界隈」の成分が変わったように思いませんか。ブログも、動画配信も、キャラクター消費も、まあその、「界隈」と呼ばずにいられない一連のサブカルチャー領域ぜんたいが、クラスの隅っこでうずくまっていそうな人達の感性に近いところから、クラスの日向で微笑んでいそうな人達にも親和的なところへ、漸進的に変わっていったように思うんですよ。

「隅っこでうずくまっていそうな人達」の多くは、例えば「日向で微笑んでいそうな人達」の生活をさらに理想化したようなアニメや漫画などの作品を語ることによって、その「対象」への没頭にプライドを傾けることによって、自分を語らせるような社会をなんとかやり過ごしてきたのではないか。


 しかし、隅っこにいた人達の場所が失われつつあるのは、日向が隅っこに侵食してきたからではない。むしろ日が傾いたことによって、日向が支配的なものではなくなり境界が融け合うことによって、逆説的に日向の価値観がますます力を強めた。

 弱くなってしまった故にますます強くなるという逆説がありうるのだ。


はてブはまだまだ終わらない

 弱くなってしまった故にますます強くなる、という逆説は、日本だと自民党とかテレビ(マスメディア)を例に出すとわかりやすい。

 自民党の政治基盤と得票数は右肩下がりだし、価値観があまりにも時代遅れな党員が多いにも関わらず、現在の自民党政権は安定している。民主党はアンチ自民党という形で一度政権を獲得した。しかしそれだけだった。自民党が弱く時代遅れになっているからこそ、アンチ自民という形で反対勢力が力を集中させることができなくなり、弱いけれど他に比べればずっと強くなるみたいなことが起こっている。


 テレビとネットにも同じようなことが言える。テレビはますます高齢者向けのメディアになり、CMの比率が増え、低予算のクイズ番組ばかりになっている。しかし、テレビが弱くなったがゆえに、インターネットはアンチテレビとしてまとまりを持つことができなくなった。

 テレビという日向に虐げられてきたからこそ、そもそもがバラバラであるネットを「界隈」と呼ぶことができたのだ。一時期のネットがつくりあげた匿名文化はアンチテレビという形で存在してきた。しかしテレビの影響力が低下すれば、そのアンチとして成り立っていたものはそれ以上に力を落とし、結果的にテレビくらいしかマスにヒットするようなメディアが残らなくなってしまった。反テレビという形である程度まとまっていたネット文化は失われ、テレビ的な価値観とネット的な価値観は境界を無くしてしまった。

 テレビが弱くなることで、アンチテレビの日陰者文化が壊滅的なダメージを受けた

 2ちゃんねるなんかは今や見る影も無く、その余波はウェイ系や互助会ガチ勢の参入という形ではてブにも来ている。


「脱中心」という考え方は敵対する「中心」に依存していた。そして、中心というのは、弱くなってますます力を増していくものでもあるのだ。だからこそ、小規模でも「中心」を生み出すことのできるはてなブックマークは強いサービスだ。

 キュレーションとしてのはてブの質が下がったからと言って、はてブの影響力が下がるとは限らない。「はてブなんて糞ばっかりだし普通はお気に入り機能使うだろ」と言ってはみても、その発言自体がホッテントリという中心があることに強く依存している。


 中心とそこに選ばれるためのゲームの部分のほうが、ブログ記事の内容よりも重要だったりする。ベッキーとゲスの不倫とかダイゴと北川景子の結婚とか、単なる他人の恋愛事情なのだが、中央メディアであるテレビから共通の話題が提供されたからこそ多くの人の関心を集めるのだ。

 だから、互助会化が進んでホッテントリの質が下がっても、ホッテントリ掲載までの権力ゲームによってますますはてブが盛り上がる可能性はある。


はてなアイドル青二才の最期

 はてなアイドルの青二才は、長いはてなの歴史からすれば新参だが、少なくとも僕の見てきた「はてな」のある側面を担い続けてきた、「はてなと言えばこの人」と言えるブロガーである。

 そして、互助会化が進んだはてなは、青二才が忘れ去られるはてなでもある。


 青二才はその人徳において、多くのはてなユーザーから絶大な人気を集めてきた。

 しかし彼には、自分の考えをブログで発表することと互助会政治とのバランスを取ることはできないだろう。そんなに難しいことでもないのだが、不器用な彼にはそれができない。そういう人物だからこそ、彼は皆に愛され、はてなのアイドルたりえた。


 自身でメルマガへの転向を表明しているように、青二才はこの先の戦いにはついてこれないかもしれない。

 これからは、彼の言葉を使えば「こじらせた」人達が姿を消していき、堂々と自分を打ち出していけるやつ、大勢に気を使えるやつ、うまく自分と他人を騙せるやつが力をつけていきそうだ。

 青二才を見て面白いと思う人はいても、青二才のようになりたいと思う人はいない。


 青二才が誰からも見向きされなくなったときが、かつてのはてな的なものの最期だろう。


互助会化が進めばはてなは盛り上がる

 糞みたいな記事への大量の無言ブクマやページビューが、互助会勢すらマシに思えるほどの膨大な情弱層の存在を示している。ブログサービスにはまだまだ可能性があると思う。

 最近は動画が強いというのはその通りなのだが、あくまでそれは視聴という側面に限ってのことだ。テキストがベースのブログは、「視聴」という側面から見ればリテラシーが必要とされるメディアなのだが、「参加」という側面から見れば最もハードルが低いメディアだ。情弱を取り込める余地はまだまだある。

 はてなには「はてブ」という優れた中心生成装置があるし、はてブ掲載を狙うゲームさえ整えれば、そのゲームの参加と戦略こそがメインコンテンツになり、内容は全部ステマと宣伝でいい。もっともっとはてなには人が増えていくんじゃないだろうか。

 企業としては頭いい人を見限って互助会を推し進めるのが正解だよ。アメブロになりたいんだろ?キラキラ女子をインターンに呼びたいんだろ?実現しそうだなよかったな!



 個人的には、何かを語る場所だったはてなが好きだし、互助会勢ってボットか頭の悪い大学生みたいなやつらばかりですごく嫌い。もっと派閥なんかができて互いにいがみ合うようになればコンテンツとしてちょっとは面白くなりそうなのだけど。

 何なら互助会派閥とか作ってみようかな。適当にブクマ返してくれるやつを集めようか。


ʕʘ‿ʘʔ ← 互助会マークはこれにしようと思う。青二才さん歓迎しますよ。




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