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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

おでんを買うのは気鬱だし、絵を描いてるところ見られたらキレるし、コスプレする女の子が好きだ

日常

 おでんって美味しいけど、コンビニで買うときとかなんか恥ずかしくない?

 他の商品の場合、レジまで持っていけば後は無言でいいんだけど、セブンイレブンみたいなコンビニでおでん買うときには、「これとこれとこれとこれください」ってレジの前で言わなきゃいけないんだよね。

 それが気鬱なんすよ。おでん食べたいと思っても、店員さんとそのやりとりするの億劫だからやめたりしたこともあったかもしれない。こういうのが酷くなると、いわゆる「コミュ症」などと言われるのだろう。


 たとえ「おでん」程度のことでも、何を食べたいのか、という自分の欲望を率直に表現するのは、繊細な心の持ち主にとって大変なことなのだ。




 小さな頃、お絵かきをしていたとき、親戚のおばちゃんが「上手だね〜」的な感じで僕の様子をずっと眺めていたことを覚えている。そのときは、何とも言えずその場から逃げ出したくなったのだが、それでも頑張って適当にお絵かきを続けた記憶がある。

 もしそのときの僕に自分の感情を言語化する能力があったなら、「殺すぞ?」と言っていただろう。

 誰かが何かを表現しようとしているとき、その途中を見ないようにするのはマナーなんじゃないかな、と個人的に思っている。何かを作り出そうとする意志が明確になっていく過程を把握されるのは、ものすごく不快だ。


 今でも、例えばPCのデスクトップを誰かに覗かれていたら、僕は一文も文章を綴れないのではないかと思う。あと、トイレで後ろに立たれるとおしっこが出なくなる。




 2ちゃんねるでよく見られる書き込みに、「服を買いに行いくための服がない」というのがある。引きこもりにとって、人前に出るための服を入手することは最初の難関なのだろう。


 僕も、引きこもりというほどではないが、服を買いに行くのが苦手だ。できれば一生スーツか制服で生きていきたいと思う。人に見られることを想定しながら自分の外見を良くするために試行錯誤する、ということ自体が憂鬱なのだ。それをやるくらいなら窮屈な格好のほうがまだマシ。


 自分に似合いそうな服を選び、試着などで試してみる……みたいなことが、どうして世間的には楽しいこととされているかがわからない。話しかけてくるアパレルの店員とか絶対無理。

 ユニクロやH&Mみたいなチェーン点は、店員とあまり会話する必要がなく、試着室に入りやすいと言った点で、他のお店よりも優れていると思う。そう考えるなら、試着すらせずにそのままカゴに入れてレジまで持っていく(らしい)「しまむら」は、コスパも含めて最強のアパレルブランドだと言えるだろう。2ちゃん民からの高評価も頷ける。




 ぐじぐじ述べたが、自分の「欲望」とか「作為」のを押し出そうとしていくときに感じる、気恥ずかしさ、億劫さ、気鬱さは、僕だけのものではないはずだ。


 もともと、分をわきまえた振る舞いと、抑圧だけがあった。

 大戦時に国家の精神的支柱だった天皇制でさえ、彼の人が国民の信仰と敬愛の対象になったのは、その慎みと献身と徳によるものだった。

 今のインターネットを見ても、分をわきまえない振る舞いが大勢の目に晒されれば、どれだけ投石がとんでくることか。もっと直截に言えば、何かを表現することは、必ず不特定多数の反感を買うということになる。



 漫画とかアニメとかゲームについて考えるたびに、それらは「いいわけ」によって成り立っているのではないか、という思いが強まる。

 線画で表現されたもの、単なるデータであること、所詮は二次元での出来事。そのような、カリカチュアライズという「いいわけ」を通すことで、僕達は、自分の欲望を求めたり、それを表現することができたのではないか。


 あるいは「かわいい」の概念も、その「いいわけ」の一つかもしれない。

 「かわいい」、というカリカチュアを借りてこそ、自分を表現することができる人達もいるのだろう。


 洋服ブランドなども手がけている人気コスプレヤーのうしじまいい肉さんは、私服がダサいらしい。岡田斗司夫の番組かなんかで聴いたような記憶があるが、普段はジーパンにもさもさのジャケットとかを着ているとか。

 カリスマレイヤーの私服がダサいというのは、わりと納得できてしまう。アキバ系アイドルなんかにも、ブログにアップする私服姿がすごくダサい子が結構いるらしい。


 コスプレや「かわいい」をモチーフにした衣装が、性的要素や服飾の映えとは別の次元で、妙な感じに魅力的に思えるのは、表現者たちが、自らの「作為」と「いいわけ」のあわいで、そこにある文化的核心を掴みとっているからかもしれない。


 それが文化だからこそ、コミケにはレイヤーが集まるし、カメラ小僧と呼ばれるカメラマン達もその「いいわけ」の前に安心してパシャパシャやれるのだろう。やさしい世界。

 そういう意味でコスプレは、仮装とはまた違う、日本のコンテンツの一つであると言える。


 だから僕はコスプレする女の子が好きだ。まあ可愛い女の子は基本的に好きなんだけど。

 実は一度カメコ活動をしようと思ったことがあるのだが、心が折れてしまった。


 カメコはちょっとハードルが高すぎるが、おでんくらいは臆さず買えるようになりたい。

 店員が可愛い女の子だったとしても、むしろ、「オレは大根とごぼう巻きと卵とこんにゃくとはんぺんを食べる!!あと、汁はちょっと多めに欲しいんだけど、頼むぜ!!!!」みたいに堂々と注文してやる。せめておでんの世界では最前線君になろう。

 勝つために、生き残るために、僕は強くなりたいんだ。





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