しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

素朴な疑問なんだけど、なぜ科学技術が発展したのに働いたり子供を作るのがこんなに大変なの?

 シルバーウィーク終わるわー。つらいわー。働いてない僕ですらそう思うのだから、いわんや社畜をや。


 素朴に考えて、昔は米とか一生懸命作って「米=通貨」的な感じだったわけじゃん? 今はむしろ作り過ぎると価値下がるからわざと作るの控えてるじゃん? かつて数十人がかりでやってた事務作業も、エクセルとか駆使すれば一人でできたりするじゃん?

 生産性は向上してるのに、どうしていまだに一日8時間以上労働しないといけないのだろう?

 なぜ先進国で貧困が存在するのか。子供を作りたいと思ってるカップルが、経済的な理由から子供を作ることを断念する、みたいな悲劇が起こりうるのだろうか。


 働かなくても良くなるように先人たちが努力してきて、生産率が向上しているなら、それを突き詰めれば、僕達は少ししか働かなくていいことにならないだろうか。少なくとも、あまり悩まずにもっと気楽に生きたっていいのではないか。

 みんなどう思いますか?


実際に段々働かなくてもよくなってきている

 なんだかんだで、少しずつだけど先進国の平均労働時間は減り続けている。また、働いていない人の数も増えている。高齢者は働いていないし、子供の平均教育期間も伸びている。ニートだって少なからずいるから、人口に対しての働いている人の割合は減り続けている。

 だから、「働かざるもの食うべからず!」みたいな価値観が蔓延しているわりにはみんな働いていない。


科学技術は人の労働時間を減らすようには発展していない

 現在の経済発展は、たくさん働いている人を働かなくていいようにしてあげよう、という方向性で進歩しているわけではない。むしろ、どんどん需要を創りだして、働かざるを得ないよう駆り立てる。その意味で「豊かさ」とは、無理をして走り続けることであって、楽に暮らせることではないのかもしれない。


思ったより技術は発展してない

 食料廃棄とかデジタル業界を見てると技術がすごく進んで、どんどん人が要らなくなっているようにも見えるけど、それほど生産性の上がっていない分野もある。建築や不動産や教育はやっぱりまだ人の手がそれなりに必要で、海外から安い労働力を輸入することも難しい。だから、食料などは安くても居住費や教育費は高い。


コスト意識の高まりと選択肢の剥奪

 コスト意識や人権意識が高くなり、従来の乱暴なやり方が消失した。それは基本的に歓迎されるべきことなのだが、子供は構わなくても勝手に育つ、みたいな価値観で生きていくのが難しくなったし、社会通念や法制度なんかもそれを許さなくなってきている。


不均衡の問題

 富の総量が増えたとしても、その所在が著しく偏ってしまうので、庶民は富の恩恵を受けられない。だから全体として豊かになっても一人一人は貧しく、精一杯働いても子供を作るのに十分なお金が稼げない状況に陥ってしまう。


仕事の振り分けの問題

 働く時間はもっと短くていいのだけれど、ちょうど良い感じに仕事を振り分けるシステムがない。「労働人口×労働時間」で計算すれば労働量は少なくなっていたとしても、働きたい人に仕事がなかったり、一部の人に極端に仕事が集中してしまっていたりする。


新しい仕事の出現

 象徴的なものは高齢者の介護だ。このようなものは以前「労働」と認識されておらず、家庭の領域にあるものだった。ケアワークはこれから増えていくだろうが、生産性の向上という概念を当てはめるのが難しかったり、当てはめてはいけなかったりする。




 みたいなことが考えられるんだけど、みんなはどう考えますか?


 僕が上で述べたことは単なる個人的な印象論の域を出ないけど、経済学、社会学、歴史学、現代思想などの領域から、それぞれアプローチする方法があるのだろう。

 賢明な読者の方々は上で述べたような問題を扱っている優れた書籍などを知ってると思うので、ぜひ教えていただきたい。


労働がつらくなっている?

 あるいは、「なぜ働かなければならないのか?」という疑問が出てくることの意味を、よく考える必要があるのかもしれない。もともと、労働は人間にとって重要なものだし、つらいものでもあるが楽しいものでもあるはずだ。

 おそらく、今の「働く」は、一昔前の「働く」に比べてハードルが上がっているのだろう。


 消費者の視点から見れば、今も世の中は豊かになっている最中だと言える。食、電子機器、娯楽などに関して言えば、間違いなくどんどん豊かになっている。コンテンツ産業に関して言えば、一生かかっても遊び尽くせないほどのコンテンツを無料で遊ぶことができる。

 しかし、消費者として豊かになったのと同じ程度に、労働者としてはつらくなった。昔はぬるい仕事でもやっていけた。大企業の業務だって、無駄な会議や儀式じみたことが多かったが、それでも多くの社員に給料を払うことができた。

 かつてと比べて、現在の労働条件はだんだん悪くなっている。それは消費が豊かになったことの裏返しだ。人は消費者でもあり労働者でもあるのだが、すでに労働を終えてしまったり、もうゴール寸前の人にとっての「労働」が、今の働く世代が経験している「労働」と同じものであるとは限らない。


さらに大変なのは子育てとか

 どれだけ技術が発展しても人の悩みがなくなるわけではないよね〜みたいな話には納得できてしまう気がするのだけど、ちょっと釈然としないものもある。

 消費者として楽に、労働者として大変になっただけならバランス取れてると言えなくもないが、娯楽などに比べて「子育て」なんかは、全然楽になってないし、むしろより困難になっている。教育費とかが安くなってないから。

 これから働いていくことや、子供を育てるということを真面目に考える人ほど、子供が作れなくなる。先進国は軒並み出生率が低い。そして、あまり考えない人たちほど、ぽんぽん子供を作る。


 このようなことも、少し先の未来から振り返ると納得しやすく説明されるのだろうか。例えば、ちょっと知恵をつけた程度の一般人が将来についてあれこれ悩むなんて思い上がりだったよね、みたいな感じで。……ああ、働きたくねえ。



働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち

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