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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

「ゲーム」が可能なもう一つの収益モデル

 コンテンツメーカーは、コンテンツそのものを売るというやり方が、これから茨の道になっていくことを自覚するべきだ。コンテンツに限って言えば、プロは素人に勝てないし、集団は突出した個人に勝てない。誰もが創作に携わるようになると、プロフェッショナルの平均値は素人群の最大値に劣ってしまう。


 今までとは、「消費者」というものの認識を変えなければならないだろう。情報を発信する権利が独占されていた時代の、みんなでテレビの前に集まって熱狂していた消費者は、すでにいない。(といっても高齢者はたくさんいるが、彼らを相手にした商売もこれから変わってくると思う)

 多くの消費者は、自分がそこにコミットできるなら、喜んで参入するのだ。

 つまり、「見る」だけ、「やる」だけのコンテンツは、コンテンツの過剰供給というのもあり、今までのようなクオリティでは見向きもされず、非常にハードルが高くなる。



 近年のコンシューマーゲームは、強力な収益モデルを備えたソーシャルゲームや、ユーザー参加型のコンテンツに押されているように思える。もともとJRPGなんかは、誰もが制作に参加しやすかったからこそ、多様性のある作品が作られてきたのに、プロや、過去に成功した人しか制作に参加できなくなれば、勢いを失ってしまうのも無理はない。

 制作コストが高くなってしまった大作ゲームがとれる道は二つある。

 一つはハリウッド化。素人ではできないクオリティの高さと、最先端の表現、技術で勝負する。その価値に根拠のない「おもしろさ」で勝負するのは悪筋なので、集団でなければ不可能な「規模」や、明確な差がつきやすい「技術」で勝負する。和ゲーコンシューマーメーカーのいくつかは、制作費の高騰故に最先端を走るやり方で戦おうとしているが、この先の戦いにはついていけないかもしれない。

 もう一つは、これが本記事の趣旨なのだが、ゲームというコンテンツ自体をプラットフォームにすること。言い換えるなら、ユーザーが参加できる部分をより大きくすること。大規模なゲームでありながら、ユーザーでもいじれる余地がある。それは、必然的にプラットフォーム的なものになる。


 ここで言う「プラットフォーム」というのは、収益モデルの話だ。

 収益システムとして近年のもっとも優れた仕組みは「ソーシャルゲーム」だろう。ソシャゲのフォーマットはかなり間違いのないものだし、スクエニなどの老舗もどんどんソシャゲに力を入れている。その判断は正しい。

 しかし、和製ゲームとしてのあるべきフォーマットが、ソシャゲだけなのか、とも思う。今は「独立した製品としてゲームを売る(+DLC)」か、「ソシャゲのような基本料金無料アイテム課金制」が主な方法だが、もう一つの収益モデルとして、ユーザー間の金銭のやりとりを促進するプラットフォームを作り、そのマージンをとるというやり方も考えられるのではないか。


 ソーシャルゲームは収益モデルとして非常に優れているが、その弱点は、ユーザーの参加できる余地が少ないこと。作為が入り込む余地がほとんどない。例えば、「ガチャ」で何がでるのか、という確率の前では人は常に受け身だ。



 コンシューマーゲームがこの先生きのこるにはでも述べたことだけど、人気実況者も、その人気が直接収益にはならずに、結局「広告」という形に頼るしかない。

 まともな人間ほど、「金をくれ」とか「俺を直接支援してくれ」みたいなことは言えないだろう。しかし、ゲーム内の動機付けという形で、実況プレイヤーに直接金を渡せる仕組みを作ることができれば、どうだろうか。

 ソシャゲでは実態のないデータに金を払っている人がたくさんいるが、ゲーム内でそういう動機付けを作り出しているのだ。それを、ゲーム内のデータではなく「人間」という方向に仕向けることも、可能なのではないか。

 ダンジョンやキャラクター、ストーリーを作るという形で、ゲーム内での個人の創作も可能にする。データに課金するのではなく、プレイヤーの人気や作為に対して、間接的に課金できるようにする。


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 そのようなゲームシステムの骨組みを書き出すと


  • 全体の世界観とベースになるゲームシステムは、会社が作る。当然だが、実況や創作と何も関係なく、普通にRPGとして遊ぶことが可能。
  • 短いダンジョン、ストーリーを誰もが作って発表できるように。そうやって作れらたものを実況できるようにする。
  • 何らかのアイテムを使って、自分の好きなプレイヤーを支援することができる。そのアイテムはゲーム内でも収得できるが課金要素もあり。
  • 賞金という形で、ゲーム内で何かを達成したらお金が貰える。(ゲームのプロ化)実力も関わってくるが、タレント性が高いほうが有利。
  • 人気実況プレイヤーは、ファンが課金して資源を得る→応援としてそれが送られてくる→その結果として賞金を手に入れることできる。つまり、ゲーム内のシステムやストーリーを通して、広告を介さずに直接お金を貰える仕組みが成り立つ。ゲーム内の動機付けを駆使して、そのお金の流れが露骨すぎないようにデザインする。
  • 「信者→有名人」という形に必ずしもなるわけではなく、実況者と実況者のコミュニケーションを促進するのがメイン。馴れ合いでポイントを送り合えば、お金を払った分はおおかた帰ってくるので、実質はマージンを取られるだけ。タレントとしての自分の知名度を上げるために課金することも可能になる。


 つまり、何が起こるかというと、大人気プレイヤーは儲かって、一部の人気者はちょっと儲かって、コミュニケーションが目的でゲームをやる層は少しだけお金を払う形になり、信者はたくさんお金を払う。

 そういうのとは関係なしに普通にプレイすることもできるし、ゲーム内で創作することもできる。


 これは「人気」と「ゲームの実力」をベースにした仮想経済だが、ゲームの世界観や、ステータスや能力、スキルなどのシステムを仲介させなければできないことだ。直接お金の受け渡しではなく、間にゲームを挟む。メインはコミュニケーションなんだけど、それを促進するプラットフォームとしてゲームを作る。製作者はしかるべきマージンをとればいい。


 それは、ゲームがただのコミュニケーションサービスになってしまうということにはならない。当然だが、作品としてのゲーム自体が魅力的でなければ人は集まらない。そして、ゲームのシステムやバランス調整自体が、人々の欲望の方向性を定め、コミュニケーションを生み出すことになる。

 まあ単なる妄想なんですけどね。ただ、どういう形であれ、「製品を売る」、「基本料金無料でアイテム課金」という収益モデルの他に、「ユーザー間のお金のやりとりを促進してマージンをとる」という、銀行や証券の世界では普通に行われているものを、ゲームが取り入れるときがいつか来るような気がする。




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