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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

個人にとってコンテンツが切実になってくる時代に

 工業化の時代は、「機能」が価値を保証してくれた。しかし今はそうではない。インフラが整いすぎた故に、それは力を失う。

 テレビが有るか無いかでは1と0の差だし、それが白黒かカラーかでも違うだろう。しかし、現在テレビの最新機種がどんなもので、どれくらい画質や性能が向上しているのかは、それほど多くの人の感心事にはならない。最新のiPhoneとその前のバージョンに、それほど決定的な違いがあるわけではない。

 PCやスマホが必須になってしまったが故に、それを「持っているかどうか」は重要なことではなくなる。「これが欲しい」とか「これを持っていればすごい」ではなく、「無いと困る」以上のものではない。


 相対的にデザインの価値なんかはぐんぐん上がっている。「機能」が主な感心事だった時代の人がデザインを軽視したりする話を聞くと、ネットのみなさんは怒るよね。


 価値がはっきりしていた「機能」の代わりに、持っている価値に明確な裏付けのない「コンテンツ」が、主要な関心事になっている。

 今景気のいい産業は、「じゃぶじゃぶ課金したくなるような射幸心を煽りまくる説明文章」でただの画像に高い金を出させるソーシャルゲームや、どこにでもいるような女の子を応援するために大金が必要になるアイドルグループだ。

 そのような世界は、工業製品のように機能で価値を説明できるほど、わかりやすくはない。


 「機能」の領域、車持って家買って子供作って…がメインの関心事である層は、今の若い世代では減っていると思う。(それに魅力を感じない以前に不可能だからでもあるのだが)


 だいたい、単純な食糧の生産で考えれば、全人口の数十分の一の人数の仕事で全員を養えるし、工業だってそういうレベルになりつつある。もちろん、そんな理想的な状況は訪れそうにない。

 工業化の時代の枠組みが維持できないことにはみんな気づいているが、これからどういう時代になるのかは誰もわからない。



 ここで、今何かと話題の岡田斗司夫の話。

 岡田斗司夫の「評価経済社会」というのも、コンテンツを主軸にした考え方だ。岡田斗司夫がそれを自分の仕事のベースにしたということ自体は、それなりに注目に値すると思う。



 岡田斗司夫問題については以下のまとめを参考


岡田斗司夫ゼミ『岡田斗司夫の謝罪と、9人の彼女たちについて』 - YouTube


岡田斗司夫さんの愛人リスト流出で、ついに芸能界にも波紋が... - NAVER まとめ


岡田斗司夫さんニコ生乱入でぶっちゃけ話を全開しちゃったw 岡田斗司夫名言集 - NAVER まとめ


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 個人的な岡田斗司夫事件の感想から。

 まず、愛人(彼女?)を作って、関係を持った女性のリストをランク付きで仲間に公開していたと言うけど、それ自体は別に大したことじゃない。ヤリチンは何かしらの形でそれと似たようなことをやってるから。(参考:宮台真司『愛のキャラバン』を読んで、ナンパを批判したり恋愛を語ったりしてみる

 女性問題については、瞬間風速で非難が集中して色んなことを言われるけど、おそらく、時間が経てば岡田斗司夫の「正しさ」に比重が傾く。この事件に乗じた各方面からのあらゆる暴露も、時期を置いて冷静に検証を重ねてみれば岡田斗司夫にとって有利に働く可能性すらある。(本当は少なくない女性に被害を与えた大きな問題なんだけど、たぶん男女の非対称性の悲しい原理が働いてしまう)

 オタキングも馬鹿じゃないから、未来から振り返ってどう見えるか、という算段で動いてるはずだ。全部無視してフォースの力に頼るのは正しいやり方だろう。人間は一つのトピックにそれほど関心を向け続けることはできない。ネットイナゴなら尚更のこと。


 ただ、岡田斗司夫はあえて過激な発言を重ねることによって「自分はクズだけどすごいやつ」という方向で活動を再開しようとしているが、実際には「卑怯なやつ」なのだと思う。

 自分の地位や立ち位置を利用する形で複数の恋人を作って捨てておきながら、今まで何も問題が表面に出なかったということを、よく考えてみるべきだ。「愛人を80人作って恋愛新理論を唱える人」よりも、「岡田斗司夫@恐喝」と言ったほうが、より実像を表している。クズだけどすごいやつなんじゃなくて、クズで卑怯だったからこそ、すごいとされるポジションにいる。



 ただし、それは必ずしも岡田斗司夫の評価を下げるものではないと、個人的には思う。卑怯なやつは嫌いじゃないしね。(喧嘩商売おもしろいよ!)


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 発言の正当性と発言者の人間性は、直接は関係ない。マルクスとかハイデガーだって岡田斗司夫以上のガチクズだった。

 教え子に手を出してそれをネットで自慢するくらい、倫理観が欠けているからこそ見えてくるものもあるのだろう。


 岡田斗司夫は、キスプリクラを流出させた女の子を説得して手中に収めようとするとき、「君には才能があるから小説を書け、出版社も紹介するから」みたいなことを言っていたよね。「とにかく小説を書け!」と。

 僕はリストの流出なんかよりもこういう種類のものが一番下衆いと思うんだけど、彼女に小説の才能があるなんてこれっぽっちも思っていないのだろうが、「コンテンツ」を出汁にして人心を掌握する方法が、彼がやってきたことの中で最も有効だったのだろう。

 だから、彼女を説得するときには、「彼女が優れたコンテンツを生み出せる」というところを攻める。そこが、昨今の若者の一番の弱点だと知っているから。動画では虚実織り交ぜて語っているが、岡田斗司夫のクズさ卑怯さは疑う余地がないのだし、それの飛びついた先が「個人のコンテンツを創作できる能力」だったのなら、それ自体は岡田氏の卑劣さと同様に信用するに値する。


 これは、女の子を自分の思いのままにするというだけでなく、メインの主張である「評価経済社会」とも繋がっている。

 要旨は、時代が「宗教」→「経済」→「自分の気持ち」と移り変わっていく、というものだった。

 宗教のもたらす救済より、科学や経済のわかりやすさより、自分は何が好きなのか、自分は何を作れるのか、ということが個人にとって切実なものになってくる。

 おそらくそれは、間違っていない。


 ある種の大きな流れを利用してうまくやってきた岡田斗司夫という人間がベースに据えたのが、「個人とコンテンツの関係」だということは、彼の倫理観が欠けているだけに、それなりの説得力を持つ。


 もちろん、それは一つの考え方なのであって、岡田斗司夫と同様に、その考えが有用かどうか、自分がそれを信じたいかどうかで判断すればいい。

 そこに、科学的事実のような「正しさ」はない。




 あ、個人的には、岡田さんにはこれからも精力的に活動を続けて欲しいと思ってますよ♪

 ☆〜(ゝ。∂)お体に気をつけて頑張ってください




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