しっきーのブログ

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「ツール」としてのソーシャルゲーム

 ソーシャルゲームは、作品としてのゲームではなく、お金を回収する「収益ツール」のようなものになっている。新しいものを作ることは難しく、ユーザーの多くに受け入れられているフォーマットがあって、その上に何を乗せるかが問題になる。

 ソシャゲは「運営」する必要があり、ある程度大規模なものを作るとき、モンスターやキャラクターなどの「付け足し可能なデータベース」や、「ガチャ」という、「収益ツール」としての側面を無視することはできない。(もしくは洋ゲー型の時間に課金するシステム)


 これは、例えばロボットアニメや萌えアニメが、収益用のグッズを作れるような要素を作品の中に必ず組み込まなければならい制限があった、というのと同じようなものだ。大規模なコンテンツを作るときには、踏まえなければならない一定の制限が生まれる。


 新しいゲームの仕組みや発想は、必ずソーシャルゲームのフォーマットの上に乗せなければならない。逆に言えば、既存ソーシャルゲームのフォーマットとは別のものを作るということは、新しい収益システムを発明するということになる。



 人気なコンテンツはたくさんあるが、コンテンツそのものを売ることが難しいこのご時世、アニメなんか素晴らしい作品を作ってもそんなに儲からない。一方で、「プレイヤーがじゃぶじゃぶ課金したくなるような射幸心を煽りまくる」ソーシャルゲームは、じゃぶじゃぶ儲けている。

 これまでのエントリーでも述べてきたことだが、ソーシャルゲームのフォーマットは、日本のコンテンツ文化の流れを引いているのもあって、フリーミアムの時代の収益ツールとしてあまりにも優れている。



 収益を上げるコンテンツとしてのソシャゲの強さは、まず、ユーザーと運営側が常にやりとりしている状態にあること。そして、既存のコンテンツをゲーム内のシステムに沿って再解釈して、自由に役割を与えることができることにある。課金へのモチベーションは、その対象が個々人の好きなキャラクターというだけではなく、そのゲームの中における能力によっても裏付けられる。

 やっぱり、強いやつとか有用な能力を持っているやつが欲しいよね。



 ちなみに、僕が初めてパズドラで課金してしまったのは、火曜ダンジョンの「黄金兵 超地獄級」だった。「太陽の番人」が究極進化のために必要だったのだ。コンティニュー4回でいけるだろうと思っていたら、なんとギリギリで負けてしまう。無課金で攻略している以上、ここで潔く諦めるのが漢なのだろうが(そういう形でソシャゲを楽しんでいる人も多いと思う)、たかが100円である。ここまでかけてきた時間やら労力やら気持ちやらのコストを色々と考えてみれば…という感じで、課金してしまった。(くやしい…ビクンビクンッ)


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 孫悟飯は無事に究極進化させることができました。



 金を払っているのは、ただのデータにであり、さらにそれは情報財とも言えない「情報財の中の財」なのだけど、そのゲームに価値を感じれば課金してしまう。

 ただ、これは純粋なコンテンツとしてのゲームの価値というより、ソシャゲがゲームをベースにした強力な収益ツールだからだ。


 アニメ作品なんかは、昨今パチンコやソシャゲによる収益の比率が増えつつあるように、ソーシャルゲームの上に乗ることによって制作費を回収できるようになるかもしれない。日本のソシャゲが最も得意なのは、ゲーム内のデータベースに新しいものを付け加えること、他作品と「コラボ」することだ。

 一つ一つのオブジェクトが明確な指向性を持っている「クラッシュ・オブ・クラン」や「ヘイ・デイ」みたいな洋ゲーは、そのように気安くコラボすることができない。和ゲーは、見たままの「機能」から一端離れて、抽象化のフィルターを通した上でデータベースに組み込むので、あらゆるものと簡単にコラボすることができる。



 現在、多くのゲームとは関係のない企業がソーシャルゲームを作ろうとしている。宣伝のためでも金儲けのためでも、ある種のツールとしての側面に注目しているのだろう。やり方を間違えなければ、それは正しい。

 これからは、宣伝もメディアも販売チャネルも、「ソーシャルゲーム化」していくと思う。製品自体の「機能」が価値を保証する時代は終わった。現在、ゲーム内の価値と現実のマネーは、ユーザーの課金という形でリンクしているが、この先、それが双方向にならないわけがない。


 例えば「セブン-イレブン」みたいな企業が、自社の宣伝用、あわよくば収益を目的にしてソーシャルゲームを作るのは、それなりに有効な戦略になるだろう。特定の商品を買ったら手に入るモンスターとか、逆にゲーム内のアイテムを消費することによって商品を安く買えたりなど、そのような仕組みは、本質的に無根拠なゲーム内の価値を強く裏付けることができる。

 リアルマネー(現実の商品)とゲーム内の価値の結びつきが強まれば、面白くないわけがない。「ツール」としてのソーシャルゲームは、これから登場してくるだろう。

 


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