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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

インベーダー、ドラゴンクエストに見る和ゲーの発想

ゲームとかコンテンツの話

 前回に引き続いて和ゲーと洋ゲーの話。ゲームをやらない人でも名前を聞いたことくらいはあるだろう、「スペースインベーダー」、「ドラゴンクエスト」という和ゲー黎明期の作品には、シミュレーション的なものをパッケージ的なゲームに落とし込んだ最初の発想を見ることができる。




 世界初の商用ゲームと言われるのが、アタリ社によって発売された「ポン」。そして、その技術を応用して作られて大ヒットしたのが「ブレイクアウト(日本名ではブロック崩し)」だ。

 「ポン」は、画面上でテーブルテニスを再現したゲーム。二人じゃないと遊べない。これは卓球を模倣しているわけだが、PvPで遊ぶという発想は米国のゲームにずっと引き継がれているように思える。洋ゲーは和ゲーに比べて、一人用のゲームの中でバランスをきっちり調整する文化はないが、対プレイヤーを前提としてバランス調整するとすごく良いものができるよね。

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 「ブレイクアウト」は、二人いないと遊べない「ポン」を、一人でも遊べるようにしたものだ。ブレイクアウトはわりとすごいゲームで、ブロック状の壁を設置してボールの速度を決めれば、壁の崩れ方と玉の当たる角度によって、返ってくる玉が多様に変化する。少ない容量の表現でシミュレーション的なゲームが成り立った好例と言える。

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 「ブレイクアウト」は、「ブロック崩し」として日本にも輸入され、大流行していた。これにヒントを得て西門友宏が開発したのが「スペースインベーダー」だ。

 「インベーダー」の時点で、和ゲーの特徴が色濃く現れている。敵であるインベーダーには命がふきこまれ、プレイヤーの動きが想定された上で、相手がまるで意志を持っているかのように攻撃してくる。敵オブジェクトを空想上のエイリアンに見立てることによって、ゲームの面白さやそれに付随する物語性は格段にアップする。陣地というオブジェクト。数が減るとインベーダーの速度が上がる仕様など、作り手側がバランスを調整するという意図が強く打ち出されている。

 当時は戦闘機などを想定していたらしいが、表現できる容量などの問題により宇宙人になったらしい。ハードが可能な表現の限界に沿った発想をうまく生み出してきたのが、二次元をベースにした和製ゲームの優れたところとも言える。

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 作者の「見立て」や「バランス調整」によって生まれたインベーダーの面白さは衝撃的で、社会現象にもなり、日本全国から100円硬化が不足気味になったとまで言われる。さらに、和製ゲームとして欧米にも輸出され、世界中のゲームに影響を与えた。




 つぎはドラクエの話。RPGは、日本人が非常に好むジャンルとして知られる。RPGの元になったのは、TRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)という遊びなんだけど、自分でルールを作ったり、キャラクターや職業を「演じる」という側面が強い。遊戯王のモンスターワールド編(6,7巻あたり)を読むとイメージがつかめると思う。

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 TRPGは、プレイヤー達が会話を通して自由に物語を作っていく、コミュニケーションの要素が強かった。魔王を倒すのが目的とは限らず、色んな目標を各自で設定して遊べる。正統な意味でのロールプレイングなんだけど、洋ゲーの大作ゲームはここらへんの系譜をちゃんと引き継いでいるように思える。

 そのTRPGの面倒な計算をコンピューターにやらせようという発想でできたのが「Ultima」や「Wizardry」というゲーム。初期の時点では、探索やモンスターとの戦い、キャラクターの選択や武器の装備という要素は引き継いでいるものの、コミュニケーションがなくなり一人用の遊びになった。(コミュニケーションの要素はオンラインで復活!)


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 Ultima(ウルティマ)


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 Wizardry(ウィザードリィ)


 日本人の感覚ではわかりにくいかもしれないけど、RPGってけっこうマニアックなジャンルで、海外では国民的ゲームにはなりえない。ゲームの中で文字読むのとかだるい、という層だってたくさんいる。UltimaにしてもWizardryにしても、色々と複雑で、かなりハードルの高いゲームと言える。大多数のプレイヤーにはもっと感覚的な、銃ぶっ放したり車走らせたり、わかりやすいものがウケる。でも日本ではRPGというジャンルが大衆的なゲームになっていて、それはドラゴンクエストの功績が大きい。


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 堀井雄二は「ウルティマ」と「ウィザードリィ」を参考にドラクエを作った。ドラクエのシステムのほとんどがその二つのゲームにあったものだ。ただ決定的に違うのは、その二作に比べ、ドラクエは誰でも遊びやすく取っ付きやすいということ。

 当時、ゲームは誰にでもクリアできるものではなかったので、ほとんどボタンを押すだけで最後までクリアできるドラゴンクエストはありがたいゲームだった。海外のシビアなRPGと比べ、非常に日本的な「ぬるさ」があり、ほとんど過保護とまで言える。冒険というよりも修学旅行に近い。


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 一本道で、選択肢も少ない。ロール(役割)は勇者しかない。ウルティマやウィザードリィは、初代の時点でも多数の種族や職業が用意されていた。

 ドラクエのゲームシステムが「ロールプレイング」という言葉にまったくそぐわないように、「経験値」という要素も、もともと想定されていた「経験」から乖離している。「経験を積めば相手の弱点や特徴を見極めることができて効果的な行動ができる、その程度をレベルで表現する」というそもそもの意味から離れて、ドラゴンボールの「気」とか「戦闘力」みたいに、もっと概念的な強さを表す指標になっているように思える。



 UltimaやWizardryは模倣という側面が強く、ドラクエは抽象という側面が強い。洋ゲーでは、指輪物語などの世界観をゲーム内で再現するため、種族や職業や徳などの多くのステータスを用意し、各キャラクターが熟達する様子を経験値とレベルで表す。一方、和ゲーにとってレベルというのは非常に概念的なものであり、実態に現れない数字としての強さになっている。

 何かを模倣して表現するのではなく、何らかの欲望を抽象すること。二次元の漫画やアニメと同じ土壌から出てきたからこそ、日本のゲームはそういうものになっていったのかもしれない。鳥山明がドラクエのイラストを担当したのは、偶然ではないだろう。


 和ゲーと洋ゲーとでは、欲望のあり方が違う。洋ゲーは何らかの世界をゲームの中に持ってきて、好きなように現実を楽しむ。和ゲーでは、抽象された欲望が現実と乖離した形になって、ゲーム内に現れている。

 洋ゲーが「ヒャッハー!」だとすれば、和ゲーは「俺TUEEE!」ということになるのかもしれない。




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