しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

若者が結婚できない理由

概要
  • 山田昌弘「結婚の社会学」を読んだ。
  • なぜ若者は結婚できないのか?
  • 男にとって結婚は「イベント」、女にとって結婚は「生まれ変わり」。
  • そもそも9割も結婚できていたのがおかしい。
  • 選択肢が増えると逆に結婚できない。
  • 結婚しなくてもいい社会を目指すべき。



 結婚できない人が増えている。1960年から1975年までは9割の男女が35歳までに結婚できていたのに、2010年時点でその比率は男性で5割ちょっと、女性で6割半だ。ちなみに、結婚した女性は平均で2人の子どもを作っているそうだ。日本の出生率が大きく下がった主な原因は未婚率の上昇だと言われてる。子どもを作れるからこそ結婚したのだという見方もできるけど。


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 総務省「国勢調査」(2010年)、内閣府「少子化対策の現状と課題」より



 なぜ若者は結婚できないのか?異性に対して魅力を感じなくなったから?金がないから?仕事がないから?出会いがないから?二次元が欲求を解消してしまうから?xvideosがあるから?結婚という制度のハードルが高いから?結婚するメリットがないから?



 今回参考にしたのは、山田昌弘著「結婚の社会学」。

結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか (丸善ライブラリー)

結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか (丸善ライブラリー)


 山田昌弘は、「家族社会学」という分野で知られている、悪名高い「パラサイト・シングル」の名付け親だ。親元同居してるやつらは労働への尊厳を持たない寄生虫で、経済にも良い影響ないし、「親同居税」などをつくって親から無理矢理引き離せ!パラサイト・シングルが豊かな日本の資産を食いつぶす!みたいなこと言ってる人。

 「家族社会学」という視点からの意見なのだろうが、エセ社会学者とは言えないにしても、仕事がなくなってるとか土地代が上がってるとか、もうちょっと広い視野を持ってもいいのにと思う。

 ただ、彼が1996年に出した「結婚の社会学」はかなり影響力があった本で、今の結婚に関する論説のベースにもなっているから読むに値する。


 

経済成長が止まったから結婚できなくなった

 本書がすごいのは、当時まったく無関係だと思われていた「結婚」と「経済成長」が、実は深く関係していることを示したからだ。人間はそう簡単に生活水準を下げるような選択を取らず、経済が成長しない時期には結婚できない人が増える。


 人が人をどのようにして好きになり、恋愛して結婚するのかは詮索できるものではないが、データを当たってみると、結婚した男女は明らかに「夫の経済力が上、妻の経済力が下」になっていた。これは時代を考えれば当然かもしれないが、男性は経済力のある人ほど結婚していて、女性はほとんど逆の結果になる。無意識の過程でおこるとされる「恋愛」は、その実、かなりのところを「経済力」に左右されていた

 職業別の生涯未婚率を調べた結果、男性の高収入職は結婚している比率が多く、低収入の男性は未婚率が高い。女性は逆で、専門職ほど結婚できない。


日本の女性は「上昇婚」

 日本では伝統的に「嫁取り婚」が行われていて、身分が上の家の娘が身分の低い家の息子と結婚することは避けられる傾向にあった。「嫁取り婚」が原則の社会では、女性のアイデンティティーは◯◯の娘、◯◯の妻、◯◯の母という形で確立されていく。それに対して、男性は結婚によって身分、階層、職業などは変わらない。このような結婚制度を「ハイパーガミー(女性の上昇婚)」と呼び、現在もこの傾向をある程度引きずっていると考えられている。


 本書で著者が使った言葉だが、結婚は、男性にとっては「イベント」であり、女性にとっては「生まれ変わり」なのだ。男性は結婚することでそれほど自己の変化を強いられることはないが、女性にとってはアイデンティティーが変わるほどの出来事だ。

 結婚相手として魅力的な男性は、「より良く生まれ変わらせてくれる男性」ということになる。もちろんそんなことを念頭に浮かべて恋愛しているのかどうかはわからないけど、統計を取れば経済力のある男性ほど結婚している。

 女性は、人を選ばなければ結婚はしやすい。現に経済状況が悪くなっても女性の未婚率は男性より低い。ただ、自分の「生まれ変わり」を託せそうな男性はなかなか見つかるものではない。そして結婚に対する強制力も弱まってきている。というわけで、一定以上の魅力や地位がない男性は女性に見向きもされなくなる。


そもそも9割以上も結婚できていた社会が特殊だった?

 ここまでの話を踏まえて、問い方を変えるべきなのだ。「なぜ若者が結婚できないのか?」と言ったが、結婚してる若いやつだって大勢いる。問題は、「なぜ60年から75年にかけては、35歳までに9割もの男女が結婚することができたのか?」、そう問うべきだ。そして、その要因は経済成長にある。


 1955年から始まる高度経済成長期は未婚率が非常に低く、1973年のオイルショック、経済の低成長をきっかけに未婚率が上昇した。

 戦後の経済成長は、何よりも世代間での階層上昇をもたらした。要は、息子が父親よりも良い職に就くのが簡単な時代だった。女性の側から見ると、自分の父親(現在の待遇)よりも経済力がつきそうな若い男性が大量供給されていた。だからより良い「生まれ変わり」のチャンスが大きかった。

 当時は人口の大半が零細小作農で、厳しい農業に従事するよりも経済力のある男性の妻になったほうがずっと楽だった。今のように一人で楽に生きられるわけでもなく、親や社会の結婚しろという圧力も強かった。だからこそ、10人中9番目のさえない男性でも妻を貰うことができたのだ。「ハイパーガミー(女性の上昇婚)」という結婚観の上で国民の大多数が結婚できたのは、高度経済成長により、親子の間に大きな経済力の差が出たからだ。親より子のほうが稼げる時代だったから、ほとんどの女性が「上昇婚」できた。


 ちなみに、「国際結婚」というのは80年代から増えてきて、これはハイパーガミーを無理矢理維持しようとした結果として見ることができる。男性はアジアなど所得が低いところから妻を持ってきて、女性は日本人がコンプレックスを持っている白人の嫁になる。


 あと、家庭で夫をサポートする「専業主婦」は、めちゃくちゃ経済の調子がいい高度経済成長期のほんの一時だけに成立した概念だからね。戦前にも働かない妻は存在したけど、一部の高級官僚や将校などの奥さんで、一般庶民の妻はなんらかの形で生産労働に従事せざるを得なかったし、上流階級の奥さんは家事なんかも使用人に任せてたから、今の専業主婦とは全然違う。


選択肢が増えたから結婚をためらう

 僕達は出会いがないから彼女ができないと常に言ってるけど、未婚率が低かった時代のほうが出会いはずっと少なかった。選択肢が非常に限られていて、男女が一緒にお茶を飲んでいたら「この人達は結婚するんだなあ」と周りに認知されるような時代だった。あまり選ぶ機会がなかったからこそ、ちょっとでも良いと思えたらそれで結婚できた。

 今は、選択肢が多くなったことで逆に結婚できなくなっている。本書で言われている、恋愛の自由化による「もっといい人がいるかもしれないシンドローム」だ。かつての「お見合い」という仕組みも、現代の合コンや婚活サービスなんかと比べて出会える総数は極端に少なく、少ないからこそ決めることができた。男女の出会いが自由になって、大勢から選べるからこそかえって結婚に踏み切れなくなったり、結婚を先延ばしにしてしまう人が多くなる。


 山田昌弘は「婚活」という言葉の名付け親でもあるんだけど、2010年に婚活の本を編集していて、そこでもメインの主張は変わっていない。

「婚活」現象の社会学 日本の配偶者選択のいま

「婚活」現象の社会学 日本の配偶者選択のいま


 現在は、経済状況(労働事情)が悪くなってるのに対し、旧来の社会意識だけがいまだに強く残って、女性が結婚したいと思う男性の年収と現実の未婚男性の年収には相当のギャップがあるみたい。

 社会のリスクが増えたからこそ、より安定を求める志向が高まっている。新入社員はより終身雇用を望むようになるし、専業主婦になることを望む未婚女性も増えているらしい。だが、終身雇用も専業主婦も高度経済成長期にだけ成立した幻想にすぎない。当時から社会状況が大幅に変化しているのにもかかわらず、結婚に対する意識はあまり変化せず、逆に強められている部分もあり、だからこそ男女共に結婚したくてもできない層が増え続けている。


日本の結婚は「積み過ぎている」?

 あと、ここらへんは話半分に聞くのが良いかもしれないが、日本の結婚は「積み過ぎている」という話が面白かった。日本はいまだに「恋愛結婚」をしなければならない社会であって、「恋愛感情」と「経済力」の両方が結婚に必要とされている


 結婚パターンを一つに集約するはできないが、おおまかな傾向として、欧米の場合、特にアメリカなどは、「恋愛感情」を最優先して『経済力」という積み荷を下ろすことで男女が結婚する方向に向かっているらしい。女性の経済進出を進めて、男が稼いでなくても結婚できるカップルが増えている。

 一方で中国は、「恋愛感情」のほうの積み荷を下ろすことで結婚難に対応しようとしている。恋愛感情は二の次で、金持ってる人がいれば結婚するし、結婚と恋愛は別物だよという考え方だ。


 で、日本ではそれが両方求められているらしい。個別に見れば人によるとしか言いようがないんだろうけど、まあそういう部分もなくはないかなあ、と思う。


 例えば「婚活」なんてものは、某内田先生がおっしゃっていたように、意識の高い婚活ガチ勢を生み出すことによって盛えるビジネスだ。「婚活が成功すれば一生勝ち組!」「少なくとも年収600万はないとダメ!」という非現実的な目標を追いかけるカモをつくりだして、彼女達がすんなり婚活に成功せず何度もサービスを利用してくれることが収益につながる。

 こういう業者が「上昇婚」という価値観を再強化してるんだよね。35歳で年収650万のイケメンが「正直、結婚したいんだが。俺のスペック需要ある?」みたいなこと言うわけないじゃないか。露骨に上昇婚を狙うような女性と結婚したいと考えるハイスペックの男性はいない。

 一方で、胸キュン炎上主義のピカチュウみたいのが、妄想デート云々で頭の緩い女の子引き連れてやばいことになってるし、その二つが合体したらそりゃあ手に負えないよね。


結婚しなくてもいい社会に

 個々人が結婚できない原因は社会状況のせいだけでもないだろうし、そもそも自分は結婚を望んでいるのかどうかとか、それぞれ思うことはあるだろう。全員が結婚できないような社会になってるのは確かだけどね。


 ちなみに、僕自身は結婚を諦めてる。というより、自分がいつか結婚できるものだとは考えていない。できない可能性が高いし、下手に結婚できるのが当たり前だと思ってたら辛くなるだけだからね。

 もう今は、「結婚」という制度にこだわるべきなのかどうかを問う段階にきていると思う。制度としての「結婚」を守るために皆が結婚できる社会を目指すべきなのか、結婚できなくても皆が問題なく生きられる社会を目指すべきなのか

 それぞれ意見が別れるところだと思うけど、僕は「結婚」という制度に無理にこだわるべきではないと思う。もう人口の3分の1が結婚できない社会なんだから。どうすれば結婚できる男女を増やせるかじゃなくて、結婚してもしなくても人間の価値はかわらないし、結婚しなくても子どもを育てられる社会を目指すほうが、まだ現実的だろう。少なくとも、事実婚を認めて婚外子の権利保証をちゃんとやるくらいのことは、それこそ結婚観とか関係なく今すぐやるべきだ。


 僕達の世代の価値観からすれば、既婚の男性が出世しやすい会社なんて歪んでると思うんけど、旧来の世界に生きてる人達にはわからないんだろうね。ただ、これは比率の問題で、未婚の人が増えればそういう社会認識も改善されていくと思う。

 もともとハイパーガミーが主流の日本社会で仕事がなくなり続けてるんだから、結婚できなくなるのは当たり前だし、みんなあんまり落ち込んだりしないようにしよう。あと、結婚できた人がいたら祝福して応援してあげましょう。このご時世、結婚してもしなくてもつらいんだし、変に妬んだりするのが一番良くないよ。




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