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防衛大学校で、戦争と安全保障をどう学んだか

 読んだ。防衛大を卒業したばかりのエリート二人が、戦争と安全保障について大学で勉強したことをまとめた本。保守系のおっさんをホルホルさせる本かな?とパッと見思ったけど、読んでみたらかなり面白かった。防衛大は精神論に傾いた旧日本軍の失敗から学んで科学的アプローチを非常に重視してるらしい。


防衛大学校で、戦争と安全保障をどう学んだか(祥伝社新書)

防衛大学校で、戦争と安全保障をどう学んだか(祥伝社新書)


 面白いのは、著者の二人は防衛大を卒業したばかりで、当然デリケートな話題なので気を使って書かなければいけないところだ。だから、防衛大で教わる主流の考えがまとめられていると思ってそんなに問題ないんじゃないかな。退官してから盛んに本を書きたがるやつらのものよりもよっぽどマシな内容に思えた。

 で、この本の見解では、日本にとって一番厄介なのは中国で、中国の脅威に向けて日米同盟を強化していかなければならないということになってる。直接言わないにしても集団的自衛権の改正が望ましいことも主張している。


 最後にこれまでの話をまとめましょう

 日本が進むべき道は、東アジアのパワーバランスを均衡させるべく軍拡を進め、日米対中国という構図を維持するために日米同盟を活性化させ、同時に、中国と信頼醸成措置を講じるとともに、ソフトパワーの向上につとめることです。

 と言ってる。その結論に至るまでの論点を簡単に要約していこうと思う。


国際社会はアナーキー

 国内社会では、個人間の争いは政府が仲介する。しかし、その政府にあたる存在が国際社会には存在しない。国際法というものがあって、主に条約や慣習でできているんだけど、実際に戦争が起こったときに強制力を発揮できるようなものではない。国内政府のように客観的に事実を認定したり、違法かどうか判断したり、法の適用をおこなったりする制度的保障も整っていない。だから、国際社会は政府が機能していない(アナーキー)と考えたほうがいい。国際法は、その限界を認めているが故に、個々の国家に自衛権(Right of self-Defense)を認め、最低限自衛できるよう推奨している。


勢力均衡理論

 戦争において、軍事力は均衡するのが望ましいこととされている。たとえ平和的な解決を目指して軍縮したとしても、それがかえって相手の軍事力の行使を挑発する効果を与えてしまう。一方で、自分が軍拡しすぎれば相手も対抗して軍拡し、お互いに軍拡競争という泥沼に余ってしまうこともある。軍事バランスには常に注意を払い、パワーの均衡を目指して、どちらかが「強者」や「弱者」にならないよう気を付けなければならない。

 軍事力を放棄することは「力の空白」を生み出す。その国家と利害関係を持たない人達からは平和に貢献したと褒められても、その国家に利害的な関心を持っている相手を逆に挑発してしまうことになる。


パワー・トランジション理論

 歴史的に、現状を変えたいと思っている「現状変更国」が、現状を変えたくない「現状維持国」に挑む形で戦争が起こりやすいとされている。これをパワー・トランジション理論と言う。基本的に、近代国家同士の戦争は双方にメリットがないが、だからと言って中国が何も起こさないという見込みを持つのはあまりにも危険。

 戦争で得られるメリットが戦争のもたらすデメリットを上回ったときに戦争が起こりやすい。そのメリット、デメリットは国家の仕組みによって違う。日本の場合、死者が一人でもでれば一大事だが、中国からすれば軍事接触は外交の一手段にすぎない。戦争を政治の延長と位置づけた場合、日本と中国の損害の許容度を比べれば、中国が圧倒的に有利になる。中国はかなり戦争をしやすい国家なので、つけいられる隙を見せてはいけない。

 いちばん危険なのは、「戦争をして、日本人に死者が出るくらいなら、あんな小さな無人島くらい、くれてやれ」という、国民の意識なのです。

 例えば、1935年、ヴェルサイユ条約を破棄して禁止されていた再軍備を宣言したドイツを、戦争を回避したいイギリスとフランスは黙認してしまった。ドイツはそれに乗じる形で、1938年にオーストリアを併合し勢力を拡大した。イギリスやフランスがドイツの膨張を食い止めていればこれほどの大戦争にはならなかったとされている。ドイツは現状を変えたく、イギリスやフランスは現状を変えたくなかった。現状変更国の強い意志を、現状維持国が読み誤った。平和を求めすぎたが故に大戦争を招いてしまったという逆説が第二次世界大戦時に起こった。


日米同盟

 日本が単独で中国に対抗するのは非現実的だ。資源とか資金には限界があるから、軍事力だけに金を注げばいいわけじゃない。だから日米同盟の維持と強化を目指す必要がある。

 普通、同盟関係というものは、「人と人との協力」を基本に据えて、相互に領土の防衛を約束しあう。日米同盟はそういう形をとっておらず、「物と人との協力」ということになっている。日本は金を出したり基地を提供するかわりに、米軍に何かあったら守ってもらう。非対称な双務性という特異な関係にある。それは日本の「巻き込まれる不安」を低下させるための政策だが、そのかわり、いざというときに本当にアメリカが助けてくれるのかという「見捨てられる不安」にさいなまれるという「同盟のジレンマ」が起こる。

 自衛隊としては、自国の軍備の増強も必要だと考えているが、現実的に日米同盟に頼るしかないみたい。一方で、日中戦争が起こらないようにしっかり日本と中国のパイプも整備しておく必要がある。



 以上の理由で、日本がこれからとるべき戦略は、「東アジアのパワーバランスを均衡させるべく軍拡を進め、日米対中国という構図を維持するために日米同盟を活性化させ、同時に、中国と信頼醸成措置を講じるとともに、ソフトパワーの向上につとめる」ことになる。

 ソフトパワーというのは、軍事力(ハードパワー)に対して、経済や文化や思想などのこと。戦争とは総合的なものだから、軍事力だけじゃなくて文化の発信力なども作用してくる。そういう意味では、日本のアニメやゲームなんかのコンテンツだって戦争の抑止には十分に機能すると考えられている。アニメがあれば侵略されないということじゃなくて、両方しっかりやるべきという話。



 他にも、軍事ロボットとかサイバー戦とか民間軍事会社とか、興味深い話がけっこうあった。


 あと、以前のエントリー「戦争をしないためには戦争を知るべき?」で扱った黒野耐氏は地政学を著書の核にしていたが、モーゲンソー大先生は地政学のことを「地理という要因が国家の力を、したがって国家の運命を決定するはずの絶対的なものであるとみなす、えせ科学である」と言ってるらしい。

 地政学はナチのポーランド進行や日本の満洲侵略に一役買ったこともあって、学問的な正統性を失ってしまったそう。まあ、孔子の教えみたいなものと同じで実証のしようがないからね…。防衛大でも今や地政学は人気がなくて、科目を選択したのは筆者2人を含めて4人だけだったらしい。でも授業は面白かったってさ。

 本書は、ノリが軽いし基本的な内容だったけど、自衛隊を勤め上げた(?)お偉い様方が書いたものよりもしっかりした本に思えた。防衛大の講義のキュレーションという形になってるからかもしれないけど。


 防衛大で印象に残ってるのはあの真っ白い制服だ。1年か2年あたりは私服で外出ちゃいけないんだっけ。何が悲しいかって、その白い制服をを見かけるのが学園祭のときなんだよね。渋谷とかでは見たことない。まあ規律を重んじるのなら当然なのかもしれないけど、外に遊びに行く先が学園祭っていうのはあまりにも悲しいよね。頭が下がります。

 敬礼(`・ω・́)ゝ


 僕も半年くらいなら自衛隊か防衛大を経験してみたいと最近思ってる。腐った根性を叩き直してもらいたい。



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