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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

戦争をしないためには戦争を知るべき?

 戦争をちゃんと学ばないのは日本の政治家だけらしい。まあ歴史的経緯を考えるとやむなし。日本は軍部が暴走したせいで悲惨な戦闘に突入していったイメージが強いけど、世界の戦争を見ていくと政治指導者の野望や判断ミスから戦争になったことがほとんどで、軍が暴走するみたいな例は珍しい。と、防衛大学校出身の方がおっしゃっております。

 敬礼(`・ω・́)ゝ

 防衛大出身で積極的に言論活動したがる人ってそれこそヤバいイメージが強いが、ここでは某田母神さんの話はやめておこう。今回読んだ本は、黒野耐『「戦争学」概論』であります。


「戦争学」概論 (講談社現代新書)

「戦争学」概論 (講談社現代新書)


 三島由紀夫は、「戦後の非武装平和と戦中の一億玉砕って根は同じだよね?そう思わない?」みたいなことを言ったけど、吉田調書で謝罪した朝日も戦中は戦争を煽りまくってたからね。臭いものに蓋をするみたいに戦争とか軍事を一切頭から排除するんじゃなくて、ちゃんと勉強して戦争が起こらないようにしましょうね、という主張自体は間違ってないと思うぜ。



 この本の核になっているテーマは、クラウゼヴィッツの『戦争論』に出てくる「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」という言葉そのままだ。戦争の開始を決定し、方向付け、好機を逸すことなく戦争を終決する主体は政治でなければならないということ。そのために、政治的な目標が何で、そのために軍事はどういう役割を果たすべきかを明確にしなければならない。

 ちなみに、日本の戦争目標は「米軍の継戦意志を喪失せしむるに勉む」だったらしい。こんなのでまともな戦略を描けるはずがない。政治的に何を達成したいのかが重要で、政治と軍がちゃんと話し合って政治目標を共有する必要がある



軍事戦略の変遷

 本書では、ナポレオンの戦争から現代まで、どういうふうに軍事戦略が変化していったのか解説している。ざっとまとめるよ。


 ナポレオンが出てくる前の18世紀の戦争は、制限戦争(持久戦争)と呼ばれていて、なるべく状況を有利にするように立ち回りながら、できるだけ良い条件で相手と手を打つ戦略が主流だった。なぜなら傭兵を使っていたから。傭兵ってRPGなんかでは凄腕の実力者集団みたいなイメージがあるけど、現実はただ金で雇われたやる気のない集団。傭兵の立場に立ってみれば当たり前で、できるだけ安全に戦って金だけ貰いたい。死んだら元も子もないし、戦況が悪くなれば逃げ出す。だからガチでぶつかり合う戦いはなかなかやれなかった。


 しかしナポレオンの戦いは、今までにない、敵を一気に壊滅させる短期決戦型だった。ナポレオン軍は徴兵で集まってきたので、傭兵とは違って祖国に対する誇りとかがあるからやる気まんまんで強いし、みんな言うことを聞く。だから、決定的な地点に兵力を集中させ、敵の抵抗力を完全に破壊し、さらに殲滅するために追撃をかけるような戦い方ができた。このような容赦無い戦い方を絶対戦争(決戦戦争)と呼ぶ。


 クラウゼヴィッツ(1780~1831)はプロシアの陸軍将校としてナポレオンと戦い、それに衝撃を受けて『戦争論』を書いた。実は、「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」と言ってるのに、戦い方としてはナポレオン型の絶対戦争を指南している。クラウゼヴィッツの絶対戦争の理論は、政治目的を戦争論の基点にしながらも、実質的には政治目的を戦闘の領域外におき、敵の抵抗力を完全に破壊する絶対戦争のための軍事戦略と戦術を追求していた。これは、祖国のドイツもこれからは絶対戦争に耐え抜かなければならないという気概で書かれたものだ。だから時代背景を考えればしかたないし、軍事は政治目的のためにあるという考え方は今も受け継がれている

 だが、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、技術革新によって兵器の攻撃力が上がりまくったので、広まっていた絶対戦争の発想で戦争をして大惨事になった。第二次世界大戦時には、発達した航空機を使って戦力の造成源としての経済、社会基盤までもを破壊することが目的の絶対戦争以上の戦争が出現することになった。


 そして、核兵器という究極的な破壊力を持つ兵器の出現によって、主要国が直接砲火を交えるような戦争はできなくなった。冷戦は、宣伝と浸透、間接的な政治や経済やその他の圧迫などを手段とした戦争だった。核戦争と通常戦闘の網の目をくぐって実行できるゲリラ戦が、政治の手段としての戦争の主要な形態になっていった。


 ゲリラとテロは違う。どちらも政治的手段を達成するためにやるんだけど、テロは社会に破壊と混乱をもたらすことによって政治の主張を目指す。一方で、ゲリラの目的は既存の政権にかわる新たな政権を確立することなので、政権奪取後の正統性と民衆の支持を獲得するために、民衆は絶対に標的にしないし巻き添えにならないよう配慮する。だからゲリラには対処する術がある。

 ゲリラに成功したホー・チ・ミンやボー・グエン・ザップは民衆を説得して支持を得ることができた。逆に、政治的な戦略によって民衆とゲリラを引き離し、補給基地を遮断して長期的に締めあげていけばゲリラを殲滅することも可能だ。


 一方、現在最も問題になっているのがテロだ。政府とも国家とも関係ない場合があり、従来の軍事の枠組みから外れたものだからどうしようもない。流星街の住民みたいな奴らには抑止力という概念すら適用できない。

 9.11で攻撃されたアメリカの理屈としては、フセインのような悪者を封じ込めるだけではアメリカの安全は守れないから、アメリカの意に沿わない政権は軍事力で打倒して、好ましい政権に交代させることによってテロを生み出さない国際環境を作っていくしかない、というふうになっている。むりやり国家とか政府の枠組みを当てはめないと軍事戦略の立てようがないんだね。


地政学とは何か

 また、この本の見どころは、「地政学」という概念だ。軍人は地理的な思考を重視する傾向が強いと言われてるが、それは、軍事戦略というものが「地政学」をベースに成り立っているからだ。地政学とは地理的な概念を基礎にして国家戦略を考えること。飛行機やミサイルがない時代には今よりもずっと地理的な要素が重要だった。


 地政学のベースになってるのはマッキンダー(1861~1947)さんの考え。人類の歴史はランドパワー(陸上勢力)シーパワー(海上勢力)の戦いであり、これからはランドパワーの時代になると論じた。

 騎乗民族がパッカパッカしてたときはランドパワー優勢の時代。ルネッサンスを経て西洋諸国が大航海に乗り出し、海の交易が盛んになったときがシーパワー優勢の時代。そしてこれからは大陸長距離鉄道の建設が進んで陸上交通が主役になるからランドパワーの時代になると考えられていた。

 この考えをベースにして、大陸や海域のどの地点が重要になる…みたいな地政学が発達していった。今は「エアーパワー」や「スペースパワー」も台頭してきているし、経済力とか技術力など領土以外の要因のほうが大きいんだけど、軍事に適用できる地政学以外の枠組みはなかなか見つからない。


 冷戦を地政学的に見れば、大西洋と太平洋を制するシーパワーの米国と、ユーラシア大陸の中核地帯を制するランドパワーのソ連との一騎打ちだった。そしてシーパワーが勝利したということになる。突っ込みどころは色々あるかもしれないが、地政学ではそう考えることになってる。ただ、冷戦が終わった後は地政学的に単純明快な図式を描くことは不可能になってしまった。


 9.11のテロは、地理の構成要素である国境という枠組みにこだわらないテロ組織が世界覇権国のアメリカに挑戦したという点で超衝撃的だった。でも国際関係は国家と国家のぶつかり合いでできてることになってるし、地政学に従って戦略を立てる以外の方法が他に見つからない。

 いまや各国の支配者層は、領土以外の要因のほうが自国の国際的地位や影響力を決めるうえで重要であることに気付き始めている。たしかに経済力と、それに起因する技術革新は国力を決める大きな要因になりうる。しかしそれでも、地理的な条件が外交政策で当面の優先順位を左右する要因になることに変わりはない。

 これはカーター政権時の大統領補佐をつとめたズビグネフ・ブレジンスキーの言葉だ。つまり、なんだかんだで地理的な要因が重要なことに変わりはないし、そこに注目してやってくしかないということ。



 筆者の黒野耐氏は、戦争学の概要を色々と述べた上で、自分の主張をしている。この結論がなかなか面白かった。

 最大の脅威は中国、切迫した脅威は北朝鮮、将来の脅威はロシア、日常生活のなかに恒常化している脅威が国際テロ組織である。このように日本は、予測困難で複雑で多様な脅威が常態化しており、安全保障環境は戦後もっとも危険な状況にある。日米同盟の庇護のもと、みずからは汗を流さず安穏としていられた時代は過ぎさったのだ。

 この脅威と地政学的位置から日本の安全保障を考えた場合、四つの選択肢が考えられる


①米国の核の傘のもとで同盟を継続・強化する


②核武装を含めて武装中立する。


③中国の核の傘のもとで被宗主国となる。


④ロシアの核の傘のもとで同盟国となる


 まず、日本には平和主義者が多いし、政府も馬鹿なので、②は一部の人間の自尊心をくすぐるにしても現実的に無理。アメリカ、中国などと高度な政治の駆け引きをして核武装する能力は日本にはない。これはよくわかる。そして、③と④も駄目。その理由が面白くて、海洋国が大陸国と提携することになるからだそう。ランドパワーとシーパワーは両立が難しく、かつて大日本帝国が崩壊に向かったのも大陸国であるドイツと同盟を組んだかららしい。だから、日本は同じ海洋国のアメリカと組むのが正しく、選択肢は①以外選べない。

 日本は、まず領土である島嶼を防衛する体制を確立するとともに、海洋地政学の研究を早急に推進して海洋戦略を確立し、海洋国としての総合した政策を実施すべきであろう。その前提には、日米同盟の強化があることはいうまでもない。


 これは防衛大学校の見解というわけではなく、著者の黒野氏自身の考えだと思うが、彼は防衛庁戦術研究所で教官もしていたからそんなにぶっ飛んだ考えではないだろう(田母神の例とかあるからわからない)。ただ、実証もできない19世紀の戦略家の理論の延長から、こんなふうに日米同盟強化の理屈を引っ張りだしてるのは面白いよね。それこそもっと高度に政治的な話だと思うけど。まあ、軍事戦略としてはそうやって考える以外の方法がないのかもしれない。



 軍事を学ばなければならない!と言うわりには、平和に侵されきった僕の視点から見てもそれほど目新しい話は出てこなかったけど、色々と興味深いところはあった。集団的自衛権と言っても、戦力のすべてをかけて相手を殲滅させるみたいなわかりやすい戦争は想定できないわけで、日本が加勢するかどうかというのも高度に政治的な問題だよね。沖縄基地の問題だって、当時よりも戦闘機の飛距離とか格段に伸びてるだろうから沖縄である必要はあるの?っていう見方は当然あるだろう。

 ただ、エアーパワーとかスペースパワーを取り入れた理論の統一見解がないから、旧来の枠組みで考えるしかないというのはよくわかる。この本の出版は2005年だし、最先端の議論は今も盛んにされているのだろう。防衛大以外で軍事教えてくれるところがあればいいのにね。軍事学で博士号とかかっこよくない?平和学っていうアプローチもあるらしいけど名前がダサいから駄目だ。




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