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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

反グローバリズム派の言い分

 この頃盛んに「グーローバリデーションの危機」という議論がされるが、「危機」と叫ばれるほど支配的になったイデオロギーにもかかわらず、上手くいっているとは言えない現状がある。「グローバリズムが世界を滅ぼす」という本では、反グローバリズム派の論客達が意見を交わし合い、それぞれグローバリズムに反対する理由を論じている。いくつか興味深い論点があったので紹介していく。


グローバリズムが世界を滅ぼす (文春新書)

グローバリズムが世界を滅ぼす (文春新書)

  • 作者: エマニュエルトッド,柴山桂太,中野剛志,藤井聡,堀茂樹,ハジュンチャン,Emmanuel Todd
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/06/20
  • メディア: 単行本
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 集まった論客の中でも、エマニュエル・トッドの頭の切れが抜群だった。この人の話だけでも本書を読む価値がある。トッド氏は教育や各国の人口構成、家族システムからグローバリズムの問題点を考察している。


 最近1%と99%の議論がよくされるが、国によって比率は異なるものの、国民のたった1%が残り99%の国民所得の多くを占有しているという話だ。そして、各国で富の格差は拡大し続けていて、それが今後大きく改善しそうにない。話題のトマス・ピケティはそれをデータで裏付けたことで有名になった(って山形浩生が言ってた)。しかし問題は、ほとんど寡頭制のようなこの事態を、どうして投票権を持つ民主主義の国民たちが受け入れているのか、というところにある。


 まず、エマニュエル・トッド氏が論じるのは先進国の問題なのだが、先進国において、それぞれ形態は異なるものの、識字率の向上と高等教育の発展は例外なくすべての国がたどってきた。それ自体は疑いようもなく望ましいことなのだが、しかし、この高等教育の発展こそが「不平等の潜在意識」をつくる

 日本の高等教育(大学、専門学校)を受ける比率は54%(本書に出てきた数字)だが、多くの人が高等教育を受けられるようになると、高等教育を受けることが当たり前という意識が社会に根付く。やがて、同じ人間でも初等教育の先にすら進めない人がいることに皆が気づき、人々の中に格差を当然視する意識が芽生えるようになる。親は多くのことが教育に左右されると知って、学校での成績がもたらす格差が強迫観念にまでなる。今はどの先進国でも教育が階層化しているが、成績により格差が生まれるのは当然という風潮も高まっている。

 高等教育の発展が社会にもたらした影響は間違いなく良いものだが、一方でそれが「人は平等ではない」という意識を社会の根幹部分に形成する役割を買っている。


 もう一つ、先進国の国民が社会の格差に声をあげない理由に、高齢者の現状肯定がある。日本とドイツの中央値年齢は44か45あたりで、これは世界で最も高い。(発展途上国は25歳から27歳くらい)最先進国のこのような人口構成は歴史を振り返っても未だかつて存在したことがない。

 高齢者は現状を肯定しがちだが、これは高等教育の発展と同じように、生活水準の向上という社会によって望ましい側面が影響している。エマニュエル・トッド氏は現在62歳だそうだが、この年代は、幼い頃と比べると信じられないくらい生活水準が向上してきた世代だ。退職後の今も、驚くほどの近代的な快適さを味わっている。この年齢に近い世代は仕事や子育てなどの役割を終えているかほとんど終えようとしているし、小さい頃と比較して生活が良くなっているのも事実。

 だからこそ、歴史に類を見ないほど人口の大幅な部分を占めるようになった高齢者は現状に肯定的で、現代の世界のイデオロギーとの闘いに自ら乗り出すとは考えにくい。格差がみるみる拡大していても、子育てや労働を終えた高齢者は現状に満足している。しかし、若い世代の相対的な貧困率は高まりつつあるし、ヨーロッパではすでに生活水準が下がり始めているらしい。


 このように、グローバリズムによる格差の拡大が許容される背景には、教育の普及で格差を当然とする意識が広がったことと、人口の大部分を構成する高齢者世代が現状に協力的であるという要因がある。しかし実際の経済を見てみると、格差は広がり続け、生活水準すら下がりつつある



 トッド氏の論は先進国の問題だが、途上国にとってもグローバリズムが喜ばしいものとは言いがたい。ネオリベラリズムの政策は経済成長すらもたらさないとハジュン・チャン氏が述べる。


 格差を肯定する際に言われる代表的なものに、トリクルダウン効果がある。格差が増大しても全体の富が増えれば、社会の底辺層においても結局は生活が良くなるという考え方だが、ここ30年間はそれが働いているとは言えない。

 直近30年のデータから、途上国の成長率はあまり減っていないように見える。しかし、この成長を支えていたのは中国、インドというネオリベ政策を受け付けなかった国だ。80年から2010年のサハラ以南のアフリカ諸国の成長率は0.2%でほとんど成長していないし、成長要因の多くも内戦の集結とか新しい資源の発見とかで、持続的なものではない。

 ネオリベラリズムの政策は国内の社会格差を拡大して世界経済を不安定にするが、その言い訳になっていた経済成長すら実現できていない。なぜなら、ネオリベラリズムがあまりにも複雑で短期思考の金融システムを作り上げてしまったからだ。


 複雑になりすぎた金融商品は関係者にすらわけがわからない状態で、金融システムは不安定性が高まってコントロール不能になっている。いつ金融危機が発生しても不思議じゃないし、誰もどうしていいかわからないからマネー不安定に、急速に移動するようになる。

 そして、マネーの短期化、流動化によって、長期的な「投資」ができなくなってしまう。金融資本に倣って気が短くなっている株主は「三ヶ月で結果を出せ」と迫り、株主を満足させるための短期利益の最大化とコストカットが行われる。従業員の給与は下がり、研究開発は行われなくなる。そのつけは数年後、社員の士気と商品の品質の低下という形で返ってくるが、ボタンひとつで会社のオーナーを辞めれる株主と、「業績」をあげて他の会社にヘッドハンティングされる経営者にはもう関係ない。


 途上国に必要なのは真っ当な「投資」を増やしていくことなのだが、不安定な金融システムに組み込まれるとそれができなくなってしまう。中国やインドは資本市場開放の要求に断固反対したが、それ以外の規模の小さな途上国は先進国の要求に応えざるをえなかった。

 現在の先進国は、関税、補助金、国営企業などの方法で未成熟産業を育成してきた。50年代60年代の日本の自動車産業も、先進国の優れた競争相手から保護政策をとっていなければ消滅してしまった恐れがあった。自由化して風雪に晒せば産業が成長するという考えはまったく実情に即していない。

 ここ数十年、途上国は保護政策を採用しにくくなっている。今の先進国がやってきたように、自国にとって重要な産業は保護して育てなければいけないのだが、規制の撤廃によって幼少期の成長段階に必要な国の保護を実施できなくなった。そして、普通なら先進国になってから起こる産業の空洞化現象が途上国でも起こりつつある。グローバリズムが経済成長をもたらさない理由は、長期的な視野に基づいた「投資」の機会を奪うからだ


 もちろん、チャン氏は金融自体を否定しているわけではなく、金融システムが正常に働くために、ある程度の整備が必要だと主張する。長期気な投資を可能にする本来の金融に則した仕組みを整えるべきで、かつてのように年金基金やS&Lがリスクの高い資産を保有することを禁止したり、株式資本主義にこだわる場合でも、長く株式を保有している株主の議決権に比重を重くかけたりするみたいな仕組みを整えないと、むしろ正常に金融が機能しない。



 古典的な経済学の理論では、自由貿易をするとお互いにウィン・ウィンの関係になる。ゼロサムゲームではなくポジティブサムゲームであり、世界市場のパイが大きくなっている間には取り分に差があったとしても、どこかで生じたマイナスを補うだけのプラスがある。しかし、成長が鈍くなったり、あるいは縮んでいくときにはパイの奪い合いになる。

 「市場で自由に競争した結果だから公平なんだ」という話は、落ち着いて調査すればまったく実情に即していないことがわかるが、グローバリズムがイデオロギーとして優れていることもまた厳然たる事実だ。人種差別はもはや人々の賛同の対象にはならないし、排外主義は唾棄される。その貢献は大きい。(だが、その素晴らしい「理念」を自分の都合のいいように使おうとする人間も少なくない)

 今日のありのままを見ると、各産業は競争相手を破滅させることに精を出しているし、大企業は政府に働きかけて自分たちのみに有利なルールをつくろうとしている。そして、社会には不平等を擁護する声が溢れ、先進国に多い高齢者は現状維持を望んでいるので、現実に起こっている問題に目が向けられにくい。


 反グローバリズム派と言っても、鎖国をしようとかひたすら規制を強化しようという極端なことを言う人たちではない。交通規制がされていない道路は車がまともに走れないみたいな話で、現在のグーローバリデーションの度合いが70か80くらいで、それが100に近づけられようとしているけど、現実に起こっている問題に目を向けながら、せめて60くらいまで引き下げるべきなんじゃないかと主張している。




 なかなか論点がたくさんある本だった。上の述べた話はほんの一分なので、実際に読んでみて欲しい。ただ、エマニュエル・トッド氏やハジュン・チャン氏に比べて日本の論客の言うことがどうも幼稚すぎるのが気になった(このエントリーでは紹介していないが)。「それはただ文句つけてるだけだろ」と言われてしまうような話にも思えたが、まあ二人と比べるのは酷かもしれない。



 あと、トッド氏は、日本はイノベーションの行われる場の一つになりそうで、アメリカも段々福祉国家に変わってきているので新しい可能性があると述べていた。一方でEUは全然ダメらしい。

 確かなのは、ヨーロッパに期待しうる最善のことがユーロの崩壊であるということです。その崩壊は、直ちには世界に良い結果をもたらさない性質のものです。私は一つの原則に従って人生を歩んでいます。こう言ってよければ、ヨーロッパは死です。自ら首を括っている最中です。アメリカは不確定性です。ですから、死と不確定性、この二者択一なら、私は不確定性を選びます。

 この文面にはちょっとショックだった。エマニュエル・トッドにそこまで言わせるって、EUってそんなにヤバいの!?家族システムとかをまったく考慮せず統合したし、国ごとの通貨政策の手段も失ってしまったから、ドイツの完全一人勝ち状態らしいね。



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