しっきーのブログ

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【里山資本主義】は現実的なのか?

 里山資本主義…不思議、なんだか懐かしい響き。人間の価値をも金に換算するマネー資本主義から脱却して、自然と共に生きる本当の「豊かな暮らし」を勝ち取ろう!という話だ。


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『土に根をおろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう。』どんなに恐ろしい武器を持っても、沢山のかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ!(宮崎駿監督 天空の城ラピュタより)



 現在のマネー資本主義という仕組みの上では、人々は常に根源的な不安を抱いている。「金がなくなる=すべてを失う」ことであり、市場を介して金銭を得ることでしか生活するすべはない。このような資本主義が行き詰まっていて、みんな安心できないからこそ、短期的な利害だけで政策を考えたり、競争に勝ち残るしかないと声を張り上げたり、鬱になって自殺したりする。

 しかし、金がなくても食べるものとエネルギーさえあれば、ものすごく便利とはいかなくても生きていくのには困らない。水と食糧と燃料という人間にとって致命的なものをせめて一人一人が手の届く範囲に確保していれば、もっと安心して生きられるんじゃないか。安心して生きられれば、政策も極端に誤りにくいし、余裕ができて新しいビジネスだって生み出せるかもしれない。


 もちろん、資本主義を根本から否定するなんて極端なことは言わない。あくまで、資本主義が機能しなくなったときに備えるサブシステムとしての「里山」を想定している。地域で食糧を回しあったり、バイオマス発電でエネルギーを自給自足したり、近隣の人達と助けあったりする仕組みを作り、どこかの国の金融破綻や、資源の高騰など、マネーがもたらす大規模な失敗に備えようということだ。

 複雑で巨大な体系に依存すればするほど内心高まっていくシステム崩壊への不安を、癒やすことができるのは、別体系として存在する保険だけであり、そして里山資本主義はマネー資本主義の世界における究極の保険なのだ。

 こういう主張自体はよくあるものだし、大枠としては間違いにくい種類の話だ。あくまでサブシステム、バックアップシステムを構想しているわけだから、確かに「里山」という保険を持っていて悪いことはないだろう。


 そして、こういう「よくある」話に対しての、「よくある」反論ももちろんある。自然はそんなに甘いもんじゃないし、「お節介な地域の人たち」みたいな硬直した人間関係が必ずしも良いものとは限らないし、みんなそういうものから逃げ出したいから都会に行くんだよ…など。

 …すごく難しい問題だ。こういうのは上手くいくところいかないところもあるから、「多様なライフスタイルを許容する」という形でしかやれない気がする。



 本書『里山資本主義』は、NHK広島取材班と、『デフレの正体』の著者藻谷浩介の共同作業で作られた本だ。30万部を突破して2014年の新書大賞第1位!!

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里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)

里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)



 はっきり言って、本としてのクオリティが著しく低い。まず、成功している市の事例や、林業の盛んなオーストラリアの話、木材利用の技術革新の話など、『里山』として上手くいっているところをピックアップする。これ自体は別におかしくないが、当然、それは一般化して広い地方でも同じようなことが可能なのかどうかという疑問は出てくるだろう。

 また、僕は検証できないが、紹介されている事例にも問題は多いらしい。

里山資本主義のウソ ~ 失敗を成功と粉飾 ~ これぞ『地域再生の罠』

 これは『地域再生の罠』の著者、久繁哲之介氏のブログのリンクだが、『地域再生の罠』は良い本なので読んで損はないですよ!


 まあ、個別の事例はいいとして、一番の問題は、NHKのジャーナリスティックな取材と、藻谷浩介氏のマクロな分析が、まったく噛み合ってない!というかほとんど何の関係もない。


 里山資本主義自体が、マネー資本主義と相反する部分をいくつか持っていると、藻谷氏は言う。

 ①に、里山で物々交換してしまえば、経済は成長しない。市場を介してやりとりしないとGDPは増えないわけだから、個別には得をしても経済全体では不利益。

 ②に、経済学で良いとされている「規模の利益」という考え方に反する。でも地産地消でできる地域内の絆は金銭には換算できない。プライスレス!

 ③に、リカード先生の言う「分業の原理」に反する。一人ひとりが自前で食糧をつくるなんて超非効率じゃん!という話。しかし世の中には各人の範囲を明確にできる仕事ばかりがあるわけではなく、コンビニの店員みたいに狭い範囲だと一人が色々やることで効率的になるものもなくはない。

 このような事実と、経済学の諸セオリーの中でも特にパワフルな分業の原理と、相容れないようにも思えるものがどのように止揚(アウフヘーベン)されるのか、今後の展開は楽しみというほかない。

 その「今後の展開」を分析した上で何らかの展望なり理論を示すのが藻谷氏の仕事だと思うのだが、自分の役割を放棄してる。正直なぜこのプロジェクト彼が呼ばれたのかわからない。御しやすい上に有名だったからだろうか。藻谷氏は他にも「日本経済を駄目という人は多いが別にそんなことはない」みたいな話をするが、それは別に里山とは関係ないよね?と突っ込みたくなる。

 どう考えても一番の問題は、市場を介さない『里山』的なものを資本主義経済の中に組み込めるのか、という部分だと思うのだが、そういう問いに対する回答を本書は完全に無視している。サブシステムとしてあったらいいな、という話だが、そりゃそうとしか言いようがないだろう。里山というキーワードと理想を掲げて、ただ売れればいいという考え方はあまり好きにはなれない。


 しかし一方で、この本がこれだけ売れたという事実が大事だと僕は思う。多くの人が『里山』を求めているのだ。実際にはそれほど良いものじゃないかもしれないが、都会でワープアになるよりは田舎で自然に囲まれた暮らしをしたいと思う人は多いと思う。NHKのマスメディア的なやり方を訝しく思わないこともないが、それでも、無理矢理にでも理想を掲げなければいけないこともある。


 『里山資本主義』が現実的かどうかだが、ある種の皮膚感覚として、そういったものが求められていることはすごくわかる。地形や気候に恵まれない国はたくさんあるかもしれないけど、日本は自然に関しては豊かな国だ。だからこそ、本当は親族などの血縁よりも地縁のほうが重要になってくるのかもしれない。

 藻谷氏でさえマクロな考察を放棄しているのだ。こういう試みは、成功事例を参考にしながら、とにかく「やってみる」しかないのかもしれない。経済学者の理論は後追いでもいい。そういう意味なら、十分に現実的な話だと思う。



 ちなみに、林業の盛んなオーストリアでは、500ヘクタール以上の山林を管理する資格のある高等人材を「森林官(フォレスター)」と言うらしい。かっこいいね!!

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