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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

与那覇潤【中国化する日本】と「大きな話」

本の感想 社会

 大きな話をするのが難しい時代だと思う。最先端の専門性はどんどん高まってるし、細かいところに注目しても深い議論がある。与那覇潤「中国化する日本」は、日本人の歴史観を見直そうという本だ。読んでみた感じ、たしかに「新しい視点」を提示することには成功していると思う。内容がつまった本なんだけど、短時間で一応はわかるように要約してみる。


どうして中国は近代化できないのか?

 まず、僕たちが普段使う「近代化」はほとんど「西洋化」という意味だ。日本は近代化に成功したが、歴史という長いスパンをとって考えれば、必ずしも西洋の「近代化」を進んだ考えと言うことはできない。だが、アジアの中で真っ先に「近代化」を進めた日本は優秀な国で、「近代化」に必要な「法の支配」や「議会制民主主義」が欠如している中国は遅れた国だと多くの日本人は考えがちだ。

 しかし、中国は本来、人類史上最初に身分制を廃止し、かつて世界のほどんどの富を独占する「進んだ」国だった。しかし、どうしてそれが「遅れた」国とみなされ、逆に西洋は現在「近代化」と言われているものを成し遂げたのか。

 西洋の持つ、他の社会とくらべて最も魅力的な考え方、「法の支配」や「議会制民主主義」は、もともと中世貴族の既得権益だった。ヨーロッパ型の近代化とは、貴族の既得権益を下位身分のものと分けあっていくプロセスだっただが、中国は宋朝の時代に身分制を廃止した「進んだ」国家であり、そもそも貴族がいなかったから、政治の面での「西洋化」が進まなかった


 実は日本は、「近世に貴族が絶滅した」という点では、西欧よりも中国に近い。だから、日本がヨーロッパの考えを取り入れて「近代化」していった、とは別の捉え方で歴史を考え直す必要があるのではないか、というのが本書の意図になると思う。



 まず、「中国化する日本」というタイトルからして「ざわ…ざわ…」と言った感じなのだが、別に本書は日本と中国を比べてどちらが優れているとかどちらが劣っているかといった類のものではない。


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(賭博黙示録カイジより、ざわざわ)


「中国化」と「江戸時代化」

 宋朝時代に生まれた中華文明の本質を「中国化」というワードで整理し、その「中国化」を否定した日本に特徴的な価値観、鎌倉時代に始まり江戸時代で完成された日本文明の特徴を「江戸時代化」と呼ぶ。


「中国化」とは

 端的に言えば権力の一元化と人間の流動化。圧倒的に偉い皇帝がいるが、その下の人々には身分制がなく、経済的な自由は保障されている。しかし民主主義や法の支配はなく、政治的な自由は制限されている。

「江戸時代化」とは

 「中国化」の反対で、権力は分散されていて、地域社会の結束力が強い。身分制であり、「イエ」に所属していることが前提の人間関係コミュニティ化がおこる。


 「中国化」と「江戸時代化」に優劣はないが、それぞれ完結したパッケージであり、基本的に交じり合わないので「折衷」しづらい。日本は「中国化」しそうになったり、一時は「中国化」に傾いたこともあるが、すぐに「江戸時代化」の揺り戻しがあった。むしろ、「江戸時代化」と「中国化」が悪い具合に混ざってしまったときに大きな失敗をしやすい


どうして日本は「中国化」されなかったのか?

 今の中国の元となる仕組みができたのが近世の宋朝だった。世界で最初に身分制や世襲制が撤廃され、移動、営業、職業選択が自由になる。「科挙」という形での身分に関係なく支配者層へ成り上がる方法も行き渡った。しかし、「科挙」以外の政治的な自由は極めて強く制限されている。宋朝以降の皇帝は、朱子学という全世界的な理念をもってして人民を統制した。

 日本は「唐」から多くを学んで律令制を導入したが、宋からは学びそこねた。まず、「科挙」を導入するには、豊富な紙と進んだ印刷技術が必要だったが、当時そんなことをできた国は最先端の中国だけだった。日本は官僚をリクルートするときに、「イエ」ごとに統治機構でのポジションを割り振って、「家庭」で後継者を育成するシステムを整えた

 古代から中世に移行する際、日本は「中国銭」を輸入し、貨幣経済を導入して荘園制に立脚した貴族から実権を奪い取ろうとした。その中心勢力が後白河法皇と平清盛だったが、そのような「グローバル化」には反動がつきまとう。農業中心の荘園制社会を維持しようとする保守派勢力である「源氏」が「平氏」を倒してしまったので、日本の「中国化」の試みは断たれた

 鎌倉末期には中国の余った宋銭が大量に流れ込んできて、平氏政権以上の経済革新に見舞われる。それを推し進めようとしたのが後醍醐天皇だが、結局失敗。中世日本では「中国化」の勢力がたびたび出てくるが、完全には勝ちきらない。鎌倉政権以来、「武士」は守旧派、既得権益を守る側の勢力であり続け、「イエ」単位の官僚機構を維持しながら、日本の自由化(中国化)を抑圧してきた


江戸時代の幻想

 江戸時代は身分制だったが、世界史的に見れば、17世紀を身分制でむかえたこと自体が異様なことだった。どうして隣国ではとっくに廃止されていた身分制が続いたかと言うと、それなりにメリットがあったから。地元で自分の田んぼの管理さえやっていれば食べていける環境が整っていたので、中国式の自由市場の社会の魅力が薄れてきた

 また、特定の勝ち組が政治も道徳もすべてを支配し、敗者には何も与えられない「中国化」と違い、江戸時代の身分制は、「身分が上の者が名を取る分、下の者が実をとる社会」だった。政治的な権力は武士にあったが、貧乏な武士も多く、経済の実益は身分の低い商人が握っていた。農民は土地に縛り付けられていたが、実質の税負担は軽かったので努力すれば増産することができた。このように、「ある部分では勝者である人々が、別の分野では敗者になっている」身分制度のあり方をポジティブにとらえれば、「独り占めせず己が分をわきまえる美徳あふれる共生社会」ということになる。

 このような「江戸ノスタルジア」は現在においても人気だが、一方で耐え難い閉鎖感を抱く人も多かった。また、世襲する土地(生産手段)が限られていたので、長男以外は非常に不遇だった。次男、三男というだけで結婚もできず、都市へ出て働くが当時は社会保障もなく、当時の都市である江戸や大阪は太平洋戦争以上の死亡率を誇る職場だった。(3人に1人)

 現代でもその傾向は続いているが、身分に疑問を持ったり、「イエ」という枠組みから漏れた人に対しては非常に厳しい時代だった


どうして日本だけが「西洋化」に成功したのか。

 明治維新は、耐用年数が切れた江戸時代が内側から崩壊し、「中国化」の濁流に一気に押し流された現象だった身分制の中で我慢を重ね、堪忍袋の緒が切れる寸前まで来ていた人達が大量にいた。外圧はきっかけに過ぎなかった。

 中国や韓国は、すでに「中国化」した進んだシステムを持っていた。だからこそ、西洋型の「近代化」は受け付けず、「西洋化」の機会を逃すことになった。

 日本の場合、身分制から「中国化」への流れは必然だった。その社会の仕組みを一変させなければいけない時期に、ちょうど「西洋化」の考えも入ってきた


 しかし、明治維新はその直後から「江戸時代に戻せ」という反動に襲われる。このときに「日本史上最強の格差」が起こった。いきなり自由競争になっても、全員が同じ条件で競争できるわけではない。近世の間から密かに開いていたリテラシー能力の格差が、明治時代の自由化によって一気に表に出た。しかし、それでも、「イエ」に縛り付けられるよりも労働条件の悪い向上で働く方がマシだと考える女工などの底辺労働者もたくさんいた。


新しい「ムラ」と「イエ」

 「江戸時代化」の揺り戻しは至るところで起こるが、例えば「会社のムラ社会化」が顕著になっていく。「年功賃金」という途中で会社を移ると損をする仕組みは、「イエ」を居住地域に縛りつけていた村社会の近代版と言える。また、ヨーロッパでは同業者同士で結束して取り組む「労働組合」を、日本では会社の下部組織として編成した。メリットとしては人をまとめやすく、話もまとまりやすいことで、経営者も労働組合員も結局は同じ会社のメンバーなので、最後はお互いに妥協しようという話になる。藩主も領民も先祖代々同じ土地で暮らしているがゆえに、どちらもほどほどのところで折り合いをつけていた「封建制」の江戸時代の百姓一揆と似た仕組みになっている。

 一方で、会社が村社会化したとはいえ、農村とは違うので、江戸時代には「イエ」の周囲に存在した「ムラ」というセーフティネットが取り払われてしまったムラに代わった会社という枠から漏れてしまった人は非常に生きにくくなる


戦前の「江戸時代化と中国化」

 戦前は、経済社会の構造が「江戸時代化」していったのに対して、政治権力の面では「中国化」が進展した。戦時動員体制なんてものは、江戸時代以来ガチガチに固定された地域社会における近隣所の目線があるから成り立ったもので、流動化が進んでいる中国なんかだと徴兵しようとしてもすぐに逃げられる。また、分権的な明治憲法体制では国家一丸になった戦争はできないので、トップダウン型の政治体制を組み込もうとし恐慌政治が展開されていった。つまり、「江戸時代化」と「中国化」が最悪な形で組み合わさった


戦後民主主義という「江戸時代」とこれからの「中国化」

 55年体制は、二大政党制ではなく「1と1/2の政党制」と呼ばれていた。憲法を改正するには3分の2以上の議席が必要だが、逆に言えば9条を守るだけなら3分の1の議席があればいい。自民党は改憲さえ諦めれば過半数の評を社会党が譲ってくれ、政権運営ができる。一方の社会党も、下手に政権を狙わず自分の役割をまっとうできる。このようにして、普遍的な理念もなく、権力も一元化していない非常に江戸時代的な体制が確立した。また、経済の面でも、前エントリー日本の雇用は「身分制」に書いたように、ムラ(会社)とイエが国の負担を肩代わりする仕組みがあったからこそ、国家が国民に直接給付する社会保障が少なくて済んだ。封建制が再び蘇ったようなもので、そこから漏れた人間は「自己責任」になる。


 しかし、このような江戸時代の枠組みの耐用年数はすでに切れており、これからは「中国化」の流れが押しとどめられなくなってくる。というのが著者の主張。

 私は日本の「中国化」自体を、歴史の必然としてみる立場です。

 もちろん、それを日本人はあの手この手で抑制してきたわけだし、それが効果を上げて、中国大陸と比べて相対的に豊かといえる社会を築けた時代もあった。しかし逆に、その中途半端さが奇怪な日中社会の混合体制=ブロンを生んで、史上稀にみる惨禍を経験した時代もあった。そういう最悪の時代を回避しながら、今や世界全体が「中国化」しつつある時代を、どうやって日本は生き残っていくべきなのか……

 ブロンというのは、星新一のショートショートで、ブドウとメロンを組み合わせれば、メロンのように大きな実がブドウのようにたくさん実ると思ったのに、実際にはブドウのように小さな実が一つだけだったという話。二つの良い部分を組み合わせようとしたときに、それは往々にして悪い部分だけを組み合わせたものになってしまう。


 本書で筆者の提示した視点は非常に面白い。つまり、和洋折衷して近代化を遂げた日本はすごい、みたいな話とはまったく別のストーリーだ。「江戸時代化」と「中国化」はそれぞれ独立したパッケージであって、どちらが優れているというものではない。しかし、「江戸時代化」と「中国化」が悪い具合に組み合わさると、それは戦時動員体制みたいな最悪の状況に陥ってしまう。現在は江戸時代のような閉鎖感への不満から「中国化」の方向に向かっているが、「ブロン」にならないようにその時流にうまく対応しなければならない


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 とても「大きな話」だ。一般向けに書かれながら、1000年以上のスパンで、日本人の多くが持つ史観の見直しをはかろうとする。大きな枠組で論じようとする話は、絶対にどこかでほころびがあったり、その考察から漏れる事象がある。だが、そういう「大きな話」を無理矢理にでもこしらえないと語れないことがあるのも確かだと思う。

 与那覇氏の著書にのっかる不遜はこの際見逃してもらうとして、僕も当ブログのソーシャルゲーム批判というエントリーで「大きな話」をしたことがある。和ゲーを「パッケージ」、洋ゲーを「シミュレーション」と分類し、デジタルゲームを「冗長性の縮減」と定義した。

 不備はあるにしても、何かを論じるにあたって、その言葉のパフォーマンスを考えることは重要だと思う。与那覇氏の「中国化」という言葉だが、本書は、たしかに西洋の「近代化」という軸でしか考えにくい日本人の歴史観に、新しい視点をもたらしている。また、おそらく一番の目的であろう、専門家ではない一般人に歴史学の知見を伝えようという試みは、十分に成功していると思う。「中国化」という字面についてまわる「ざわ…ざわ…」も計算済みなのだろう。著者は大学で歴史の教鞭をとっていて、やっぱり歴史って面白い!と思わせる内容だった。ブラックなサービス精神も満載だ。


 「中国化」という言葉に訝しいところがないわけでもない。後半になるにつれ、少し言葉の切れ味が悪くなっているようにも思う。というよりしっかり整理されていない感じがする。単なる自由化ではなく、「普遍的な理念による政治の道徳化と行政権力の一元化」を「中国化」だとするならば、それがこれからの日本や世界に当てはまるのかは少し疑問だ。インターネットやSNSが普及したからと言って、それが「人間の流動化」に繋がると考えるのも安易だと思う。また、時代やそれをとりまく技術も変わるのだから、必ずしも未来を考えるときに歴史のアナロジーを持ってくる必要もないと思う。(そんなこと言ったら身も蓋もないが)

 ただ、歴史というのは、今を考える上でもこれからを考える上でも有用な武器になり得るだろう。要約では本書の面白さをあまり伝えられなかったと思うので、ぜひ読んでみてほしい。同じ著者の「帝国の残影 ―兵士・小津安二郎の昭和史」を買おうと思ったのだが、Amazonは在庫切れで中古品は定価より高かった。人気あるんだろうな。



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