しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

「萌え」って何だろう?

 最近あんまり「萌え~」って聴かなくなった気がするが、将来は「侘び寂び萌え」みたいな感じで教科書に載るんだろうか。ところで、僕は中学生から大学生あたりにかけて、「萌え」というものを何か勘違いしていたふしがある。


 当時、オタクは世界の最前線を行ってるみたいな空気がそれなりにあって、僕は「萌え」というものが何やら深遠な思想だと思っていた。僕の同級生にも萌え萌え言ってるやつはいたが、「萌えって何なの?」と聞くと「考えるな、感じるんだ」というような答えしか帰ってこなかった。


 僕が「萌え」を感じた、というか「わかったような気になった」最初の体験は、谷川流のライトノベル「涼宮ハルヒの消失」だった。長門有希という登場人物の、危うくフラジャイルな感覚と、主人公キョンとの微妙な距離感こそが「萌え」の源泉だと思っていたのだ。

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 当時クラスで人気だった「新世紀エヴァンゲリオン」が、なぜこれほど人を惹きつけるのか正直よくわからなかったのだが、その感覚は、大人気キャラクター「綾波レイ」とも通じるところがある。(というかこっちが本元か)

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 あと、最近の作品だが、西尾維新の「物語シリーズ」における登場人物の女の子達も、異界のもの、超越的な部分と繋がっていたり、だからこその危うさ、壊れやすさと独特の関係性があって、僕はそれが「萌え」を構成する要素だと理解していた。

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 Fateシリーズなんかもそれに当てはまり、何らかのファンタジー、超越的な想像力が「萌え」を紐解くキーワードになっていると考えていた。だが、それは素朴な学園モノのアニメ、日常系のアニメに必ずしも適用できるものではなく、ただ僕の狭い観測範囲からのみ導き出した感覚だった。僕も色々手を伸ばそうとしたのだが、上記のような作品しか見ていて楽しいとは思えなかった。

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 それで、クラスの友達とかにも、「こういうのが萌えだよね」と自分の感覚を話すと、なぜか「いや~しっきーは良く解ってるね~」みたいに言われたので、大体そんなものなのだろうと考えていた。彼らは内心では(うわーこいつ何言ってんの?こわっ:;(∩´﹏`∩);:よくわかんないけど同意しとこ~(๑ˇεˇ๑)•¨•.¸¸♪)みたいに思っていたのだろうか。

 ちなみに、僕はずっと綾波が好きだと思っていたのだけど、近々エヴァを見たらアスカのほうが断然良く思えてきて自分でも驚いた。この心境の変化は何を意味しているのだろう?



 そんな「萌え」についての考えを改めさせられたのは、東浩紀の著書「動物化するポストモダン」を読んでからだ。本書は「データベース消費」などの興味深い考えも提示しているが、「萌え」に関する直接的な言及で

 オタクたちの行動原理は、あえて連想を働かせれば、冷静な判断力に基づく知的な鑑賞者(意識的な人間)とも、フェティシュに耽溺する性的な主体(無意識な人間)とも異なり、もっと単純かつ即物的に、薬物依存者の行動原理に近いように思われる。あるキャラクター・デザインやある声優の声に出会って依頼、脳の結線が変わってしまったかのように同じ絵や声が頭のなかで回り続け、あたかも取り憑かれたようだ、というのは、少なからぬオタクたちが実感を込めて語る話である。それは趣味よりも薬物依存に似ている。


 とある。つまりは


 ふわふわり(^ω^)

 ふわふわる(^ω^)


 ってことになるのだろうか。


化物語 撫子スネイク op「恋愛サーキュレーション」 Bakemonogatari nadeko op - YouTube


 もしくは、萌え萌えキュン♥というやつだろうか。(とりあえず自分の少ない知識から)


Moe Moe...Kyun!.. HD 1080! - YouTube



 「萌え」がある種のジャンキーな感覚だと言われれば、わからなくはない。「恋愛サーキュレーション」に頭の中をずっと支配されていれば、それなりに幸せなのだと思う。一部のオタク達の声優に対する異常な執着も、そういう声の反復性、支配力から来ているのかもしれない。僕個人としては、わからなくもないんだけど、そういうのは醒めるのが早くて長続きしない。そもそも並の作品だとなかなか入り込めないし、入り込むとまずいような気もしている。



 Wikipediaを見てみると

 俗語としての萌え(もえ)とは、一部文化において、アニメ・漫画・ゲームソフト等様々な媒体における、対象(主として登場人物)への好意・恋慕・傾倒・執着・興奮等のある種の感情を表す言葉である。「対象物に対する狭くて深い感情」という意味を含み、それよりは浅くて広い同種の感情を表す「好き」という言葉を使うのにふさわしくない場合に用いられる

 と、「好き」という言葉との使い分けとして書かれているが、よくわからない。他にも色々書いてあって、(僕は原典を読んでないが)東浩紀の「萌え」に対しての本田透の反論として

 「萌え」を「記号に発情する、動物化された行為」とみなす解釈に異を唱え、そうした解釈で「萌え」の本質を見い出すことはできないと主張した。本田は「萌え」を、宗教が否定され恋愛もまた物質主義に支配されていく中で必然的に生じた、記号の背後に理想を見い出す行為であるとし、神話や宗教の文脈に連なる精神活動として解釈した

 って書いてあって、ますますわけがわからないよ

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 定義が曖昧で幅の広い言葉だから、「萌え」に対してのたくさんの自由な解釈があっていいのかもしれない。それなら、僕が勘違いしていた「萌え」の感覚も完全に間違っているものとは言えないのかもしれない。ただ、最近は「萌え」という言葉が何なのか追求しようとする熱意を感じる言論や書籍が見当たらない気がする。(僕が知らないだけかも)

 もう自明のものになったわけでもないだろうし、まだ色んなところで使われているのでオワコンってこともないと思う。少なくとも考えるに値しない言葉ではないはずだが…。う~ん。「萌え」って何だろう?



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