しっきーのブログ

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スーパーマリオの発想とこれから

 スーパーマリオの特徴は、任天堂そのものの特徴でもある。マリオの生みの親である宮本茂は、新しいテクノロジーが更新されるたびに、新しいマリオのソフトを1本つくることを色んな場所で公言している。(参考1参考2)マリオは最先端の技術に結びついたキャラクターなのだ。


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 もともと、任天堂はおもちゃメーカーだ。そして、「おもちゃ」の延長としてゲームをつくっている。この特徴は、海外メーカーの「ゲーム」に対する発想からすれば、かなり特異なものだと僕は思っている。


 海外のゲームメーカーは、もともと「ソフトウェア」としてゲームをつくっているところが多い。ソーシャルゲーム批判で詳しく書いたけど、洋ゲーの発想は「シミュレーション」で、ゲームは現実の再現なのだ。FPSという視点のあり方も、もし自分が戦場で戦ったら、を「シミュレーション」しやすくなる仕組みだ。



 洋ゲーにとって、ゲームとはコンピューターサイエンスの技法に近いものだった。ゲームは「ソフトウェア」としてPCの中に入るものであり、据置きのハードもXbox(PCメーカーが開発)や、それと互換性のあるプレイステーション(家電メーカーが開発)が主流だ。

 一方で、任天堂は「ソフトウェア」ではなく、アナログと地続きになった「おもちゃ」としてゲームをつくってきた。もちろんそれは、子供が遊び、操作する過程で上達していけるものでなければならなかった。そのために自らハードを開発し続けた。コンピューターの技法としてのゲームではなく、細かい作り込みと調整、職人的なこだわりを込めた、手に触れるもの。


 洋ゲーがデジタルの中にアナログなものを再現しようとしてきたのに対し、任天堂はデジタルとアナログを結びつけようとしてきた。





 「おもちゃ」としてゲームをつくることと、つくり続けることの困難さ。そのためにマリオシリーズが徹底する底抜けの明るさは、任天堂にも、ゲームの歴史の今までとこれからにも、なくてはならないものだ。

 ボタンを押す。スティックを倒す。単純で感覚的な操作と、その挙動と結びついた「遊び」の楽しさ。ボタンを押すとマリオが跳び上がる。インタラクティブな反応から組み立てるゲームの発想。その単純な入出力の間、アナログとデジタルの架け橋を、どこまでも考え続けてきたからこそ、今の任天堂があると僕は思う。だからこそ、DSをつくり、Wiiをつくることができた。



 あくまでもアナログな「おもちゃ」であること。現実とゲームの間を繋いできたこと。だからこそ、僕はマリオシリーズがどうしようもなく好きだった。感覚的に操作することに対する徹底的なプライドと、その技術と発想と熱意。ゲーム全体に溢れる、明るく前向きなメッセージが好きだった。




スーパーマリオブラザーズ

ファミリーコンピューターで発売された「スーパーマリオブラザーズ」。ゲームに興味あるなしに関わらず、知らない人はいないだろう。おそらく全世界で最も有名なゲーム。Aボタンでジャンプ、Bボタンでダッシュ、十字キーで移動、左のスタートから右のゴールまで駆け抜ければいいだけ。シンプルすぎる操作と豊富すぎるゲーム体験。

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ゲームの頂点に立つのも頷けるほど、文句のつけようがない操作感だ。ジャンプの慣性とちょっとした入力の機微で、マリオを自由に操れるような感覚。そして、その優れたマリオの挙動を「遊び」にしているのがシンプルながらも多彩なステージの数々だ。今なお色褪せることがない。

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スーパーマリオワールド

マリオ1、マリオ2、マリオ3ときて、SFCで発売されたのが「スーパーマリオワールド」だ。1990年発売だが、この時点で2Dマリオの集大成と言っていいほどの完成度。

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マリオの発想は、「挙動」から始まっている。常にプレイヤーの入力と密接した動きからゲームを考えている。スピンジャンプの癖になるようなコツコツした感じ、マントマリオの滑空の絶妙さ、ヨッシーを乗り捨てるときの何とも言えない罪悪感と愉悦。鮮やかな色彩と賑やかなBGMとで構成される、楽しさと発想が凝縮されたステージ。これこそがマリオだという感じがする。

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スーパーマリオ64

マリオが3D世界を縦横無尽に駆けまわる。僕が初めてやったマリオがこれなんだけど、マリオブラザーズからマリオを知ってる人は本当に驚いたんだろうな。3Dゲームの革命的な作品。ステックとボタンを動かすだけなのに、ほんの少しの力の入れ方やタイミングの差で、本当に色んな動きができる。2Dマリオから正統に進化している。

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個人的に、64というハードのちょっと薄暗く湿った質感と、マリオというソフトの前向きな明るさ、手に馴染む操作感とのマッチングがたまらない。なんというかこう、心に沁みるんだよね。初めてやったからかもしれないが、マリオ64というソフトにはノスタルジーを感じてしまう。

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スーパーマリオサンシャイン

夏とバカンスをテーマにしたスーパーマリオのGCソフト。ゲーム内の雰囲気が一番好きだ。ドルピックタウンを歩いているだけで楽しくなる。何より、太陽の光と水の表現が素晴らしい!表現だけじゃない。本当にマリオらしく、アクションの部分が前作から更新されているのだ。ノズルから放水する手応えとか、ホバーで宙に浮く感じとか、ターボやロケットの爽快感とか、画面の向こう側にある「水」を手元に感じる作品。

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 マリオシリーズの明るさと南国の島の雰囲気がマッチしていた。今でも夏が来る度に無性にやりたくなる。それで、実際にやると本当に満足してしまう。64やギャラクシーに埋もれがちだけど、限りなく評価されるべき。

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スーパーマリオギャラクシー

「スーパーマリオギャラクシー」は、「重力」を持ち出すことによって、スーパーマリオの新しい地平を拓いた。よくこんなもん思いついたなと言いたくなる。惑星の上を走り回る視点の巧みさやWiiの操作性と結びついたマリオの挙動は、もう流石としか言いようがない。散々色んなゲームをやった人間が、童心に帰ることができるほどのクオリティー。

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あれほどの仕組みを1作だけで終わらせてしまうのは勿体無い。「スーパーマリオギャラクシー2」が同じWiiで発売された。難易度もしっかり上がっているのが素晴らしい。Wiiリモコンのポインティングを使ったヨッシーの操作には感動した。ボタンを押し込むふんばりジャンプのあの感じとか、考えれば考えるほどよくできてるよね……。

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スーパーマリオ3Dワールド

今のところスーパーマリオシリーズの最新作。多人数プレイをメインにおいた感じで、正直やる前の期待はそれほどでもなかった。そして、任天堂を限りなく評価していた僕でも、度肝を抜かされた。WiiUを買って絶対にやるべきソフト。どこまでもシンプルな操作性から始まる、新しいスーパーマリオの世界だ。これをプレイすれば、任天堂が劣化したとか誰も言えないだろう。

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これ、基本的にステックと2つのボタンだけで操作してるんだぜ?今までのマリオシリーズのすべてを詰め込んで、そこから更に発展させた感じ。感動で目頭が熱くなる。僕はぼっちプレイをしていたんだけど、プレイ中この感動を誰かと分けあいたくて仕方なかった。色んな意味で泣けたソフト。

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 一体、どれだけのゲームが「スーパーマリオ」の影響を受けてきたのだろうか。まさに時代を切り拓いてきたシリーズだ。日本のゲームは、常に新しい技術の隣に、スーパーマリオという「発想」を添えてきたのだ。そこには、新しいものをつくりだそうとする無邪気さと、子供向けの「おもちゃ」としての祈りがあった。




 「発想」の困難さが増すなかで、任天堂の力が衰えているとは僕はまったく思わない。ただ、業界に「スーパーマリオブラザーズ」ほどの衝撃を与えることはできなくなっている。洋ゲーのシェアも広がっている。原因はいくつかある。

 一番大きな理由は、任天堂のゲームは子供向けのもので、ゲーム人口の比率は大人が多くなっていることだ。これはもう時代の流れだから仕方がない。

 もう一つ大きなものは、洋ゲーの「技術」が洗練されてきたからというのがある。「シミュレーション」が目的の洋ゲーなら、ゲームやPCのスペックが上がるほど、精密に、質が良くなっていく。また、それがマリオのように抽象的なものではなく、現実の「再現」であるなら、それだけにわかりやすいし受け入れられやすい。クオリティーも安定して上がっていくし、シェアも広がっていくだろう。



 それでも、マリオがマリオであり、任天堂が任天堂である限り、僕は何の問題もないとは思う。現実とゲームが繋がっているという「祈り」が消えない限り、「子供」は任天堂のゲームをやり続けると思う。




 これから任天堂はどういう方向に進んでいくのだろうか?アナログとデジタルを常に結びつけてきた任天堂の流れからすると、ディズニーランドやUSJみたいなテーマパークだって突拍子のない発想だとは思わない。(つくってくれ!任天堂ランド!)


 だたまあ、次に来そうなのはヴァーチャルリアリティかな。

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 ソニーや、フェイスブックに買収されたオキュラスが、ヴァーチャルリアリティのヘッドマウントディスプレイを開発している。任天堂は1995年にバーチャルボーイでそれをやろうとして挫折したわけだけど、たぶん、次は挑戦しないわけにはいかない。でも同時に、今の時代、任天堂が手放しでヴァーチャルリアリティを受け入れるとも思えない。

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 現在の技術のヴァーチャルリアリティのヘッドマウントディスプレイを使えば、視界の110度までカバーできると言われている。まさにゲームの世界に「没入」できるのだ。単純に技術を活かしやすいのは洋ゲーのFPSなんかだろう。より体感度が増すし、より「現実」に近づく。



 もし任天堂がヴァーチャルリアリティのハードを出すなら、当然そこにマリオもついてくることになる。というより、ハードウェアをマリオと同時に考えてつくるのだろう。任天堂の「理念」からすれば、ヴァーチャルリアリティが単なる「没入」にはならないはずだ。ゲームは常に「おもちゃ」として、アナログとデジタルの間になければならないはずだ。



 シミュレーションという技法の安定感に比べて、「発想」を必要とする任天堂には何の保障もない。僕はファンの一人として、いまだに、そういうことを怖く思ってもいる。それは多分、あまりにも信頼して、期待しているからだろう。新しいテクノロジーと「マリオ」がどう関わりあってくるのか。その発想と作為が、今から楽しみで仕方ない。もちろん、それはまだ先の話だ。今は目先のソフトをわくわくして待ちたい。


 とりあえず、今までとこれからのスーパーマリオに、乾杯!!




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