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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

おどろきの中国

 

おどろきの中国 (講談社現代新書)

おどろきの中国 (講談社現代新書)

 

  中国は、統一された時期がとてつもなく古く、その規模が国家や国民の常識を超えたスケールに達している。本書は、橋爪大三郎と大澤真幸の共著「ゆかいな仏教」「ふしぎなキリスト教」に続く第三弾。なぜか宮台真司も加わっている。橋爪大三郎さんの奥さんが中国人で、鼎談に先立ち皆で中国を旅行してきたらしい。楽しそうでいいですね 。

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 大きな中華思想

 中国の特徴は、とにかく、大きい!そもそも「国家」なのか?と傍題が付いているが、中国は必ずしも「中国」と呼ばれてきたわけではない。秦、漢、唐、明、などと、そのときどきの統一政権の固有名で呼ばれてきた。ヨーロッパでは、王朝が変わっても国家の名前は変わらない。でも中国は、政府が替わると国の名前も変わって、別な国家になったと考えられる。じゃあ、それでも変わらないものは何かというと、その名前がない。どうして自分の国を指す名前がないのかというと、自分が世界の中心だと考えているから、それがいわゆる中華思想。だが自分達を中心だと考えようにも、その母体となる共同体の規模があまりにも大きいように思える。

 政治的な統一が根本

 これほどまでに大きな中国という国が二千年以上前に出来たのは、それ以外の国家の常識からすれば驚くべきことのように思える。たとえば、中国と同じくらいの規模のヨーロッパ連合、EUなんかはつい最近できた。中国に比べれば遅すぎるし、今もうまく統合されているとはいえない。EUが中国のようにまとまらなかった理由は、交通が困難だったから。アルプス山脈や地中海があり、移動のコストが大きい。それと対照に、中国はまっ平らなので、移動のコストがとても安い。戦争もやりやすく、結果的にまとまるのも早かった。

 中国と比較して、ヨーロッパは政治的統合が遅れたが、かわりに宗教的統合が先行し、キリスト教の文化圏が発達した。その文化圏から次第に地域がまとまっていくという形をとった。

 中国の場合は逆で、まず政治的統合があった。それは安全保障的な発想であって、文化や思想に根ざしたものではない。儒家や道家、法家など優れた思想と考えられる諸子百家は、統一政権にたいしてただ政策的オプションを提供するものだった。

 例えば秦の始皇帝は、法家を採って儒家を斥けた。この政権が失敗した後の漢は、儒家を採って法家を隠し味にした。唐は儒家を相対化するために仏教と道教を取り入れ、宋は逆に儒教に純化した。そのときどきの統一政権は、統治のイデオロギーや政策オプションを選択できる。これはキリスト教を母体とするヨーロッパのシステムと違う点だ。

 移動コストの容易さから、中国は広大な国土を持っているにも関わらず統合は驚くほど早かった。中国の本質は、政治的統一が根本で政策オプションは選択の対象だということだ。だからこそ、儒教を捨てて三民主義を採用したり、三民主義を捨ててマルクス主義を採用したり、マルクス主義を捨てて改革解放政策を採ったりできる。

 「天」という考え方

 中国にはヨーロッパ的な「神」はいない。かわりに「天」がある。政府に統治の正当性を与えるのが「天」の役割だ。中国において、統治権を授与する手続きは具体的に決まっているわけではなく、天の意志、「天意」という考えを採用する。政権は天の意志を問題にしなければならない。『孟子』などの考えを要約すると、「天」の実体は農民の総意である。政治がうまくいっていて農民の支持があること、それが天命を受けているという状況証拠になる。裏返せば、農民の不満が募ると革命が起こって政権が崩壊する。

 中国の民衆は大きく強い政府を望んでいる。強い政府から税金や労役をあまり要求されたくないが、かといって弱い政府だと困るという、矛盾した感情を持っている。中国は安全保障に対する欲求が異様なほどに強い。何代も続いて万里の長城をつくったほとんど狂気のような行いも、他国に侵略されるかもしれないという恐怖からだ。政権に対する労務を惜しんだ結果、弱い政府になり、侵略者がやってきて侵略されてしまう、という最悪の結末を迎えるよりは、現政権のほうがマシではないかという、アンビバレントな心情を持って揺れ動いている。そして中国の政権交代は、その民衆があまりに税の重さに、強い政府への志向によっていくらかは高くなっていた沸点すらも超えるほど耐えかねたときに起こる。政府は打倒され、新しい政権がうちたてられる。伝統中国の統治のレジティマシーは、皇帝が「天」の意志にそっているかということだ。しかし、「天」というものがどこにあるのか、確実には知りようがない。あまりにも漠然とした概念だ。故に、中国には革命が起こらずにはいられない。政権の持続性や継承性の根拠として「天」を立ててしまったので、政権を断然させたり、革命を起こしたりしやすくなっている。

 近代化の遅れた中国

 中国は帝国の浅い統一性は異様に早くから成立したが、国民の深い統一性についてはかなり遅かった。国民国家ができるためには、国民一人ひとりが、自らの国を「われわれ」の国家として認識し、コミットしていこうとする意志を成立させなければならない。だが、「天」という概念は皇帝を中心にした中華帝国という大きな枠組にはうまく作用するけど、国民の意識とは関係ない。中国には血縁や、「幇」という共同体があり、人々の所属意識はそこに向かっていた。中国のシステムはとにかく大きなものをまとめあげようとするシステムであり、国民国家的な「われわれ」の意識を持つのは非常に難しい。

 マルクス主義と毛沢東の権力

 中国にとって、マルクス主義は「天」の代替物になった。国民党と中国共産党は、どちらも革命のための政党であり、伝統中国の文法に則っていた。勝敗を分けた違いは、所有権を認めるかどうか。所有権を認める国民党は土地改革をやらず地主の土地を農民に分けたりしない。一方で中国共産党は遠慮なく農民に土地を分け与える。「天」の意志を代替する農民からしてみれば、共産党のほうが好ましく見えた。だから共産党は、はじめは劣勢だったのにもかかわらず内戦に勝利した。共産党がやっていることは伝統的な農民反乱とそっくりだったのだ。

 中国において、毛沢東は聖域のように扱われている。彼の側近達は内外から次々と粛清されていったのに対し、毛沢東だけは、どれだけ酷いことをしても、大躍進政策や文革など、明らかに道を誤った政策をとっても、絶対に正しいものとして考えられた。大躍進政策にしても、文革にしても、今から振り返って間違いだったというだけでなく、当時としても明らかに間違いだと思われていた。毛沢東の側近たちもその誤りに気づいていた。それでも、政策は毛沢東の思う通りに進められた。それほどの権力を毛沢東は持ち、彼への崇拝は今日でも続いている。

 伝統中国では、大きな災害や農民の反乱のようなものが立て続けに起きると、現在の皇帝の「天命」は尽きたという判断がくだされる。そこで、農民の蜂起の後に、新たに天命を受けたとおぼしき人が皇帝になる。しかし近代的な権力、特に共産主義のシステムの特徴は、広く浅い統一を志向する伝統中国と違い、権力に対する支配が末端の人まで及んでいるということだ。人々の意識にまで及んだ監視と告発のシステム。これでは、農民の反乱といった「天命」に必要な機能が働かない。

 毛沢東は「天」のシステムによって統治のレジティマシーを獲得した。共産主義のもとに毛沢東が絶対的な権力を持った後は、何を持ってして「天命」が尽きたことになるのか判断できなくなる。そうなると、毛沢東がどれほど間違ったことをやっても天命が尽きたことにはならない。共産主義的なシステムが中国の伝統社会の間にすっぽりとハマり、毛沢東という絶大な権力をつくりだしてしまったというわけだ。

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 たしかに、こういう説明には説得力があるし面白い。本書ではこのあと日中の歴史問題をどう考え、日本はどのように振る舞っていくべきか、という話題に及ぶのだが、まあ前半以上に話半分に聞いておいたほうが良いという気がした。おもしろかったけどね。

 

 ちなみに、僕が一番面白いと思ったのが、最後、橋爪大三郎のあとがきで、東大にいたときの大澤と宮台についての回想だ。

 

 私がオーバードクターで本郷をうろうろしていると、学部学生の大澤さんが研究会にあらわれて、議論するようになった。すぐに宮台さんも加わった。大澤さんと宮台さんは、トゥウィードルダムとトゥウィードルディ(『鏡の国のアリス』に出てくる双生児)のようにいつも一緒で、とても目立った。二人ともひとの三倍くらいおしゃべりなので、二人組だとなおうるさい。

 

 なんか想像したら面白かった。中国関係ないけど。

 

トゥウィードルダムとトゥウィードルディ

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