しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

代官山に髪を切りに行った話

 美容院というものが嫌いだった。僕は普段、駅の近くにあるカットのみ900円の床屋で髪を切っていた。昔からそうだった。高くておしゃれな美容院には行きたくなかった。安くてすぐに終わるところを選んだ。無頓着だというわけではない、と思う。金が惜しいわけでもない。髪を切るという行為が自分でもよくわからないけど嫌いだったのだ。鏡の前で自分の顔を見ながら髪を切られるのが、何か耐えられないことのように思っていた。髪を切る人とコミュニケーションなんて撮りたくないと思っていた。自分の美意識を提示してそれを擦り合わせていく作業が、どこか、必要とするべき恥じらいを欠いた行為だと思えて、やりたくなかった。日常的に恥ずかしいことなんていくらでもしているのにね。

 ただ、クソみたいな床屋で髪を切る、というのはなかなか面白いことでもある。僕が行くようなところはたいてい無愛想なおっちゃんがいて、「髪が伸びたのですいてください」「長さは?」「ちょっと短めでお願いします。あ、カットのみで」「うい」みたいなやり取りを交わす。で、おっちゃんが黙々と髪を切り、僕は少しハラハラしながら自分の髪型の行く末を見守っている。

 いい感じになるときもあれば、ひどい髪型になるときもある。そういうランダムな感じを楽しむことだってできるだろう。それに、もし酷い髪型になっても、数週間経てば髪が伸びて平準化され、それなりにまともな髪型に戻る。傷口が塞がっていくみたいな感じで、自分の生命としての逞しさを感じられて面白い。それに僕は、明るい色に染めた髪を鏡の前でいじってるような奴が嫌いで、真のイケメンなら適当な床屋で切った髪型でもかっこいいはずだ、と思っていた。

 でも、いくら少年の心を持ち続けているとはいえ、僕だって22歳の大人なので、ちょっとまともなところに行かないと駄目かなあ、というのもあって、ちゃんとした美容院に行くことにした。まあきっかけはゼミの先輩に紹介してやるよと言われたからなんだけど。

 そんなわけで、紹介された代官山の美容院に行くことになった。カットが7000円くらいだ。普段行くところの7回分以上の値段がする。

 

 5時に予約を入れていた。今日は4時まで渋谷のバイト先で働いて、時間に余裕を持って代官山に行った。おしゃれな美容院に行くのは始めてだったので、かなり緊張していた。

 中に入ると、黄金に輝いているみたいな髪の量産型美女が3人ほどいた。予約を入れていたので「しっきーさんですね〜こちらへどうぞ〜」と言われて、椅子に座る。で、アンケート用紙をもらって、電話番号とかアドレスとか誰の紹介で来たかみたいなことを書いて、好きな雑誌はなんですか?という質問に少年ジャンプと書くかずっと迷っていたら「そんなにしっかり書かなくていいですよ〜」みたいに言われた。それで、驚いたのが、ロッカールームみたいなところに通され、上着とシャツを脱いでバスローブみたいなものを着るように命令されたことだ。僕はそこで完全にビビってしまって、「これはとんでもないところに来てしまった……」という感覚だった。バスローブは着てみるとなんだかスターウォーズのジェダイが身につけている服みたいだった。

 これがそのバスローブである

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 バスローブを着てロッカールームから出ると、ちょっと薄暗い個室に通されて、そこにはシャンプー用の椅子があった。シャンプーのためだけの部屋があるってすごいよね。そして、どうやら量産型美女の一人がシャンプーをしてくれるみたいだった。

 僕は椅子に座って、ゆっくり後ろに倒され、目にひんやりするシートを被され、そして美女の指が僕の首筋に触れた。えっ?これ、なんかエロくない?と思った。『最強のふたり』というフランス映画を思い出した。全身不随になってしまった人が、マッサージの女の人を呼んで、耳をさらわれるのが気持ちいい、みたいなシーンあった気がする。僕も「え?え?え?これって、美女の身体が俺に触れてるってことだよね?うっひょおおおおおっ」みたいな感じになっていた。

 どうして僕は美容院のシャンプーでエロいことを考えてしまうんだろう?いつも彼女とイチャイチャしてる奴はよっぽどの変態でないかぎりこんなことを考えないはずだ。たぶんさみしい生活を送っているから、こんなちょっとしたことにドキドキしてしまうのだ。学校でのことを思い出す。一年生のころ、キャンパスを見渡して「かわいいな!この子なら付き合ってもいいな!」と思える子は全体の1割から2割の間くらいだった。しかし今は、学校を歩く女子の6割くらいは付き合えると思う。(あくまで見た目の話であって、しゃべってみないとわからないことはたくさんあるよ!)

 家とメディアセンターを往復する毎日だった。ご飯はニコニコ動画を見ながら食べた。そんななかで、僕の、俗な言い方をすればストライクゾーンは、どんどん広がっていった。最初は無関心に通り過ぎていった人達も、今では「あ……この子かわいい」「うん、これもいける」「……う、うん……ここまでなら大丈夫!」みたいな感じで、どんどん僕の許容範囲の中に入ってきた。性欲ではない、と思う。総量としての性欲が変化しているという実感はない。感覚的に、多くも少なくもなっていない。これはたぶん成熟と言ってもいいんじゃないだろうか。大切なことだ。異性に対して妥協をする能力がなければ人類なんてとっくに滅びているし、妥協という言葉を使うのはきっと間違っているだろう。こういう人と付き合いたいとかじゃなくて、近くにいた人と、それがどんな人であれ、適切なあり方を築いていこうとする自分自身の努力に可能性を見出すべきだと思う。だって現状そうするしかないから。僕が人生で一番成長を実感した経験は、女の子の許容範囲がだんだん大きくなっていったということで、自分の認識とはこれほど自由で気の利いたものだったんだなあと感心してしまった。そんなことを言うとみんな笑うかもしれないけど、でも大切なことだと思うよ? 美醜とか、身分とか、損得とか、そういうのとは別のところに愛はあるはずで、ちょっとした仕草とか、変なことをしたら笑ってくれるとか、こんにちは、って言ったら挨拶を返してくれるとか、そういうのを大切にしていくことなんじゃないかな、誰かを愛することって……。

 みたいなことをシャンプーされながら考えて少し感傷的になってしまった。もともとはエロいと思ったことから始まったんだけど、けっきょくは性欲とかじゃなくて普遍的な愛とかを考えてしまうあたり、僕ってやっぱりロマンチストなんだねってことになって、シャンプーされている間は得体のしれない液体を髪に塗りつけられたりそれを洗い流したりと色々やっていたような気がするのだがよく覚えていない。そしてシャンプーが終わるときに、目隠しがスッとずれて、真下からのアングルで見た量産型美女はあんまり美女じゃなかった。(失礼!)「きらびやかな雰囲気に目が慣れてきたんだろうな……」と悟ったような気分になって、しかもジェダイみたいな服を着ていたので賢者モードならぬジェダイモードという感じで、いよいよ散髪の時間がやってきたのだ!

 

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 僕の担当になった方は芸能人のスタイリングなんかもやっている超凄腕の方で、お会いしてみるとやっぱり雰囲気が違った。しかも嫌味のない良い人だった。やはり先輩に紹介していただいてよかった。ありがとうございます!

 僕が言われたのは、美意識っていうのはちょっとずつ育てていかないといけないから、まずはあんまり冒険しない髪型にして、これから少しずつ意識を変えていきましょう、みたいなことでまあ言っていることはわかる。美容師の方の髪を切る手つきはやっぱり床屋のおっちゃんとは違った。

 髪を切られている途中、なぜか僕は浪人時代に通っていた床屋さんのことを思いだしていた。家から本屋に行く途中の裏道に、ものすごく古びた建物があった。人が住んでいるのかどうかもわからないようなボロい建物なんだけど、赤と白と青のサインポールが扉の前でぐるぐる回っていて、高校生のときからずっと気になっていた。そのとき、僕は勉強にも、ほかのことにも、何一つやる気がなかった。髪もずいぶん長い間切っていなくて鬱陶しいことになっていた。もういっそのこと坊主にしたっていいや、という気持ちで、僕はドアを開けた。中でおばあちゃんがテレビを見ていて、ぽたぽた焼に出てくるおばあちゃんとまったく同じ格好だった。顔は吉田茂をさらに陰気にした感じ。開いた扉に驚いて「へ?」とおばあちゃんが言い、「あ、ここってやってます?」と僕が聞くと、「あ、はあ……やってますよ」とぼそぼそ言われた。それで僕は髪を切ってもらうことにした。おばあちゃんの腕前は床屋のおっちゃんより少し下手くらいの感じだった。渡されたタオルはかび臭いにおいがした。終わった後、僕は失礼だと思いながらも「けっこう混んだりしますか?」と聞いてみると、「あなたの他には二人だけですねえ」とおばあちゃんは言った。髪型はちょっと変になってしまったけど、まあ許容範囲内だった。値段は1000円だった。

 僕はなぜか、その床屋にまた足を向けた。浪人時代はずっとその床屋に通うことになった。おばあちゃんとは結構いろいろな話をしたと思う。地元を出るときに、最後だと思ってその床屋に行った。僕が、受験の結果は不服なんだけど、大学には行けることになったと言ったら、おばあちゃんはすごく嬉しそうな顔をした。その顔が妙に印象的だった。その日は800円に値引きしてくれた。僕のほかに二人しかいないんだから、採算がとれているはずはない。そもそもおばあちゃんはもう働かなければいけない年齢じゃないだろう。どうしてまだ床屋を開いているのかはわからなかった。さすがにそんなことは聞けない。

 一昨年の夏に実家に帰って、本屋に向かう途中その道を通ったら、もうサインポールは回っていなかった。

 美容院のガラス窓から暮れていく代官山の空を見て、埃っぽく汚いあの床屋を思い出してしまった。俗にいう、「俺はずいぶん遠いところに来てしまったんだなあ」という心境だった。もうくしゃくしゃな髪型の無邪気な子供ではいられないのだろう。そういえば僕は就活生だった。自分が企業に勤めて働くなんて嘘みたいな話だ。

 妙な感慨に浸って落ち込んだりしている間、僕の髪は、あのおばあちゃんのざっくりした手つきの5倍くらい細かく丁寧に刻まれていった。

 仕上がりはまあそれなりにいい感じだった。お金と心的労力を払った甲斐があったと思う。普段は垢抜けなく厚ぼったい髪型なんだけど、なんか軽くなった感じがする。短くなっているというわけでもないのだが、どこか洗練された軽さがある。僕は昔陸上をやっていたんだけど、始めて競技用の軽いシューズを手にとったときの感動に似ているかもしれない。

 

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 美容院から出ると、代官山の蔦屋に向かった。蔦という字が似合うおしゃれなTSUTAYAだ。本屋の中にスタバがあって、ドヤ顔マックの総本山と言ったところだろうか。実際に入ってみると当然のようにマックユーザーのすくつだった。そして僕もドヤ顔でその一員になって、今こんなくだらない記事を書いている。(他のドヤ顔マカー達はいったいどんなことをしているんだろう?)なんか、悲しくなるよね。