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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

『ゼルダの伝説 時のオカリナ』ゼルダみたいな空気を感じて

 ゲームを起動するたびに流れるタイトルムービー、実際にゲームをプレイし、その世界を冒険するにつれて、『時のオカリナ』のすべてが、その一分半に満たないムービーに、そこにある空気に集約されていくのを感じることができる。

 


ゼルダの伝説 時のオカリナ オープニング - YouTube 

 

 ゲームのタイトルにしては、異様なほど暗く、静謐な幕開け。月が沈み、愛馬エポナの足音が静けさを強調する。移り変わる空の色合い。タイトルのロゴが浮かび、朝もやをかき分けながらリンクが平原を駆ける。オカリナの澄んだ音色が、世界に染みわたるように響く。

 比類のない美しさ、深さ、気高さ、質感。当時にしては革新的だったとしても、『NINTENDO64』の限られた容量で、テレビに近づけばドットが判別できるほどのポリゴンで、雑味の混ざる電子音で、どうしてこのようなことが出来たのだろうか?

 このムービーだけを見てもピンとこないかもしれない。タイトルムービーは、あくまでゲームの導入の為にある。映像がそれ自体で独立しているわけではない。ゲームを進め、時のオカリナの世界観が自分の中で深まるごとに、そこにある空気を感じ取れるようになっていくのだ。

 

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 『ゼルダの伝説 時のオカリナ』というゲームソフトが、どういった文脈で世に登場し、どんな点で優れていて、どれほど高い評価を受け、その革新的なシステムが当時どのような驚きを人々にもたらし、後世のゲームにどれだけ影響を与えたか、そういったことを、僕がここで詳しく語る必要はない。そういったことは色々なところで言われてきたし、これからも言われ続けるだろうし、何より、当時そのゲームに触れた人なら言葉にするまでもなく感覚的に知っていることだからだ。

 

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 時のオカリナが発売されたのは1998年の11月21日、その約一ヶ月後のクリスマス、僕は『NINTENDO64』のハードとともに、初めて自分のゲームソフトを手に入れた。僕は1991年生まれで、当時7歳の小学1年生だった。時のオカリナを選んだのは僕ではなく、それを買ってきた母親でもなく、ゲームショップの店員さんだった。ゲームについて何も知らない母が「息子のクリスマスプレゼントを買うんですけど、小さい子でもできる簡単なゲームを教えて下さい」と相談すると、猛烈な勢いで時のオカリナを勧められたらしい。当時の僕にとって、時のオカリナは簡単なゲームとは言えなかったけど、僕は会ったこともないその人にとても感謝している。

 

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 ゲームについて、特に大切なゲームについて、客観的に語るのは難しい。優れたゲームがその性質上、プレイヤー自身の成長を意図するものであるかぎり、それをどの時期にやったかということは決定的な意味を持つ。そういう意味では、僕が時のオカリナについて語るとき、どうしたって昔を懐かしむ話になる。もちろん、僕は今のゼルダも時オカより過去のゼルダも好きだ。スカイウォードソードや神々のトライフォース2が時のオカリナに劣っているとは思わない。それが出てきた時代に左右される部分があるというだけのことだ。だから僕は、自分にとって特別なゲームを語ろうとするとき、僕自身の成長を引き合いに出して文章を書こうと思う。

 

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 小学1年生の冬から初めて、ゲームをクリアできたのは2年後、小学3年生の冬だった。その間、僕はほとんどずっと時のオカリナと向き合っていたことになる。(友達と集まっているときはスマブラをやったり、ゲームボーイのポケモンをやったりしていたけれど)ゲームを夢中でプレイしたのは言うまでもないけど、僕の親はけっこうしっかりしていて、小学生のうちは土日と祝日にしかやらせてもらえなかった。夏休みや冬休みは平日にも二時間だけやらせてくれた。当時はゲームに触れるということ自体が非日常で、ただコントローラーに触れているだけで楽しかった。

 

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 7歳だった僕にとって、ゼルダは少し、いや、かなり難しかった。最初の剣と盾を手に入れるまでに、コキリの森を延々と何日も走り回った。(ただ走っているだけでもすごく楽しかったのだ)デクの樹サマの中にいたデグナッツの倒し方がわからなくて、何回もゲームオーバーになってしまった。(種を吐くのをひたすらかわしていればなんとかなると思っていた)飛んでくる種を盾ではじき、部屋の奥のパチンコを手に入れたときは喜びのあまり跳び上がった。今では弱すぎると感じるゴーマでさえ、僕にとっては強敵だった。何回やられたかわからないが、それでもちょっとずつ上手くなっていった。

 

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 コキリの森からハイラル平原に出た時の、目の前に世界が広がる瞬間、あの時、僕は人生で一番わくわくしていたかもしれない。その後すぐに平原が暗くなり、湧いてくるスタルベビーから必死に逃げ回った。(当時の僕は敵と闘うのにいちいち怯えていた。剣で斬ると首がとぶのも衝撃的だった)ひたすら走ったり、川の中に逃げ込んだり、ハイラル城より先にカカリコ村について色んな人と話したりした。あの小さな城下町、数えるほどの人しかいないのに、僕は本当のにぎわいの中にいると思っていた。ツボを割ってルビーを稼ぎ、ミニゲームで遊んだ。牧場がお気に入りだった。馬や、牛や、コッコや、マロンが歌うエポナの歌が好きだった。妖精をビンに入れることを知らなかった僕は何度も牛乳のお世話になった。ゲルドの谷にはいったときの音楽が切り替わる感じが好きだった。僕は意味もなく、コッコを持って何度も川にダイブした。広いハイリア湖をただ泳ぎまわった。釣り堀でずっと時間を潰した。カカリコ村も、ゴロンシティも、ゾーラの里も、それぞれの生活の感じがあるのがよかった。登場人物のちょっと奇妙なセリフに、いちいち考え込んだ。

 

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 ダンジョンには入るのは怖かった。だから、そこから逃げて人と話したり、ミニゲームをやったり、ただ世界を歩きまわったりした。平日はゲームができないので、今週の土日こそはダンジョンを攻略するぞ! と決心を固めながら日常を過ごした。子供リンクは等身大の僕だった。

 

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 マスターソードを引き抜くまでに一年くらいかかっただろうか、大人リンクになってしまったとき、アイテムも使えなくなったし、慣れ親しんだ姿が変わってしまったのが嫌だった。台座に剣を戻すといつでも子供に戻れることがわかると安心した。神殿を出るなりリーデッドに殺されたのがトラウマになって、あいつが出現すると今でも逃げ出したくなる。カカリコ村に行くと、まだ人々の生活があるということに心底安心した。フックショットで屋根の上に登れるのが嬉しかった。武器を新しく手に入れると、自分の発想そのものが成長していくような気がしていた。インゴーとのレースになかなか勝てなかった。初めてエポナを手に入れた平原を駆け抜けた興奮は、電源を落とした後もずっと続いていた。大人リンクに慣れると、7年後のハイラルの色んなところを旅した。ガノンドロフに支配され荒廃したハイラルには独特の美しさがあった。僕はそういうものに馴染んでいって、自分も大人になった気がした。

 

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 ダンジョンはさらに難しく、敵も強く、そして何より、怖くなった。最初の森の神殿で雰囲気の怖さと、スタルフォスの強さに打ちのめされた。炎の神殿は、初期ROMにはBGMにコーランが使われていて、なんとも恐ろしく感じた。水の神殿は一番迷った。泣きべそをかきながら、あてもなく神殿の中をさまよっていた。何の成果もない休日が何度も続いた。ダークリンクは強かった。それだけにクリアしたときの喜びも大きかった。井戸の底でリーデットに囲まれてしまったのがずっとトラウマで、闇の神殿は恐怖との闘いだった。怖くなると、ダンジョンから脱出して子供リンクに戻り、城下町やカカリコ村や牧場なんかにいって心を落ち着けなければならなかった。平日を挟めば、次の休日にはクリアする気分になっていて、自分の成長を感じた。魂の神殿の雰囲気が好きだった。何より、子供と大人で攻略できるのが気に入っていた。心の底から楽しいゲームだと思った。

 

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 敵に勝てなくて、謎解きがわからなくて、涙目になり、諦めそうになっても、今から考えれば奇跡のようなことに思えるのだけど、結局は先に進めるようになった。クリアまでの道は、急すぎず緩すぎず、続いていた。横道にそれると休憩できる場所が常にあった。美しいハイラルの世界と、どこか奇妙な人々とのやりとりのちょっとした暖かさに励まされた。ポリゴンの動きと表示されるテキストの奥に、生身の人間がいることが伝わってきた。

 

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 優れたゲームは、プレイヤー手を差し伸べながらも、決して媚びるようなことはしない。プレイヤーの成長とただの娯楽の間の、危ういところに身を投げだしている。ゼルダというゲームは僕にとって、張りぼてじゃない本当の世界が目の前にあるみたいに、シビアで、気高く、儚げで、優しかった。

 

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 ゼルダは、ただの楽しい、面白い、ではなかった。怖くて息が詰まってしまうことも、精神がくたびれてしまうことも、気鬱なこともあった。泣いてしまうことも、悲しくなることも、嫌になることもあった。学校の勉強のように強制力が働いているわけではない。ダンジョンをクリアしたからといって誰かに褒めてもらえるわけでもない。その当時、僕の学校には(運悪く?)時オカをやっているクラスメイトがいなかったので、友達と話すようなこともしなかった。時のオカリナというゲームに関する限り、僕は孤独だった。それは、時の勇者としてハイラルを駆けるリンクの孤独と重なっていた。『ゼルダの伝説 時のオカリナ』は、一人用据え置きゲームの極致として、本質的な部分で孤独をテーマにしていると思う。空や大地の色合いも、登場人物達が見せる切なげな表情も、どこか物悲しさを含んだ世界の空気に溶けていく。そんな空気の中に、僕は大切なものがあることを感じていた。自分が、単なるゲームソフトの奥にあるものに信頼されていると思っていた。ゲームをつくった大人たちは、決して僕の能力や感性を低く見たりはしなかった。僕を一人の大人として、プレイヤーとして認めてくれていた。手を抜かず、ぎりぎりのところで手を差し伸べてくれていた。そして僕も、必死にそのメッセージを受け取ろうとしたのだ。

 あくまで、これは僕の感想である。任天堂の側からすれば、綿密な計算のもとにゲームをつくったというわけでもないだろう。時のオカリナも、まだ黎明期の名残をいくぶんか引きずっていて、たどたどしく、少し乱暴な部分もあり、ふざけてもいるし、どこか無邪気だった。だからこそ、僕は愛おしく思えたのかもしれない。そこに等身大のやりとりがあるように感じていたのかもしれない。

 

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 なんとかゲームをクリアした後の、エンディングムービー。判読できないローマ字で書かれた名前の羅列と、夢中で駆けまわってきた世界の美しさ、登場人物たちの思いが、今まで漠然と抱いていた予感に確信を与えてくれた。

「僕はなんて素晴らしいものを体験していたんだろう……」

 その時の感動を今でも覚えている。日曜日の夕暮れだったはずだ。外は暗くて、しとやかに雪が降っていた。『The End』の文字が出た後、リセットボタンを押す。そして、あの、いつも見ていたタイトルムービーが静かに流れ始め、それと同調するように静かな感動に胸が浸されていた。嬉しいというより、少し切ない。ハイラルの空気も、響き渡るオカリナの音も、もう僕の一部になっていた。 

 

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 時のオカリナほどのゲームを、一度クリアしたくらいで終わりにしてしまうわけがない。ゲルドの修練所をクリアして氷の矢を手に入れた。ビックポウを10匹倒して4つ目の空きビンをもらった。黄金のスタルチュラを全部集めた。ゴシップストーンの話を全部聞いた。やぶさめで満点をとった。ハート3つでクリアした。休みの日が一日あれば最初から初めて全クリできるようになった。今まで、何回クリアしたかわからない。少なくとも30週はしているだろう。僕は中学生になっても、高校生になっても、定期的にオカリナを遊んでいた。もちろん他のゲームもたくさん遊んだ。ゼルダシリーズは過去作から最新作まで全部やった。それでも、やっぱり時オカが僕のベストなのだ。

 

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 僕の地元は金沢で、分厚い雲に覆われた雨の日が多かった。少し冷える朝の通学路、澄んだ空気と湿った空に、ハイラル平原と同じものを感じて、思わず足を止めてしまったことがある。物憂げで、どこか懐かしく、愛おしいような、心細いような、なんとも言いがたい感覚。それはゼルダをプレイしていたとき感じた空気に近いような気がした。僕は、日常のちょっとしたところで、ふと気づくとゼルダで経験したどうしようもなく美しい空気を感じていることがあった。

 雨の日に窓から所在なく見上げた曇り空にも、膝まで積もった雪に足を突っ込みながら歩いた舗道にも、コートを脱いで近寄ったストーブの匂いにも、帰省したときの祖父母の家の埃っぽさにも、友達と遊んだ帰り道の夕焼けにも、夏休み前の期待にも、休みの終わりの暗くて涼しい夜の風にも、ぼんやりと考え事をしながら歩いた日にも、何気なく眺めた家の中の家具や雑貨の一つ一つにさえ、ゼルダの中にあった空気を感じることがあった。そういった現実の風景と、コキリの森の深い緑や、ハイラルの広い空、コッコの鳴き声、カカリコ村ののどかさ、ハイリア湖の水面、オカリナの音色など、ゲームの色んな部分がお互いに混ざり合って、僕の中で一つの緩やかな空気になっていった。まだ小学生だった僕は、ときどき現れるそのような感傷を、漠然とした畏敬をこめて、『ゼルダみたいな空気』と呼んでいた。

 

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 誰でも、目の前に広がる世界の美しさに心打たれることがあるだろう。そんなとき、人は歌や詩で世界を切り取ろうとするかもしれないし、言葉のかわりに絵を使うかもしれないし、音かもしれないし、映像かもしれない。僕の場合は、それが『ゼルダの伝説 時のオカリナ』というゲームソフトだった。僕は、『ゼルダみたいな空気』を感じることによって、日常のふとしたときに現れる世界の美しさを丁寧に包みこみ、自分の中にしまっておくための語彙を手に入れたのだ。

 

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 ここで、ゼルダシリーズの生みの親である、宮本茂のインタビューを引用したい。

 

 

 『時のオカリナ』でとくに印象的なのが、沈む太陽や昇る月、緑にけむる森などに代表される、自然描写ですよね。山の稜線やただっ広い平原など、いつかどこかで見たことのある景色のような気さえしますが、モデルとなった原風景などはあるのでしょうか?

 

 インタビュアーの質問に、宮本茂の返答。

 まさにわれわれの思うツボです(笑)! デザイナー一同、どこかにありそうな風景をそれらしく作るってことがやりたかったんです。だから、とくにモデルはありません。ただ、ドイツのお城の写真集など、世界中のいろいろな資料をみんなで見ましたので、どこかに少しは反映されているかもしれませんね。(略)ゲームを作るというよりは、ハイラルという箱庭を作っている感じです。その箱庭のなかで、どんなゲームができるのかと考えたら、ああいうものが生まれてきた。

 

 

 宮本茂らしい受け答えで好きだ。特定の場所をイメージしたわけではなく、「どこかにありそうな風景をそれらしく」作っている。おそらくそれには、ハードの性能の限界も良い方向に働いているのだろう。荒々しいピクセルだからこそ、想像力の余地を残すことができる。現実の具体的な風景と重なりあうことのできる抽象性を、うまく手にしたのかもしれない。そのレベルのCGでも驚くべきことで、真剣に向かい合うことができた時代というものも関係しているかもしれない。当時ハードの限界に沿うようにして試行錯誤し、年単位で発売延期を重ねながらソフトをつくりあげた開発スタッフのひたむきなあり方も、そこに力を貸しているのかもしれない。ただ、今から考えても、時のオカリナが『ゼルダみたいな空気』を持ち得たのは、奇跡的なことのように思える。

 「エンターテイメント」として、「遊び」としてつくられたゲームでありながら、ゼルダを思い返したときに浮かんでくるのは、世界の美しさ、そこで感じたはずの空気だ。

 ゲームは独自の世界観をつくり、プレイヤーをその世界の中に連れ込む。しかし、「だからこそ」、と言いたいのだが、本当に良いゲームは、ゲームの中だけですべてが完結するわけではない。当たり前かもしれないが、ゲームは僕達の生活の一部としてあるのだ。楽しみだった休日が来て、64の本体にソフトを差し込む。電源のスイッチを動かすと、ハードから独特の手応えを感じて、暗い画面に静かに64のロゴが浮かび上がるあの感覚。冒険が始まるあの高揚にまかせて、僕は休日に長くゲームがやりたいから、金曜日に出された宿題はすぐに終わらせた。ハイラル平原には季節がないのに、年中を通してやっていたから、ゼルダの中の季節らしさの端々はすぐに現実と結びついた。ゲームの中の世界の広大さは、だんだんと展望が開けてくる現実の世界の広さにも繋がっていた。へんてこな登場人物やモンスターの仕草や口調に、ちょっと影響を受けたりもした。ゲームの中の生活と風景の質感は、僕の喜怒哀楽とも緩やかに結びついていたかもしれない。ダンジョンの底知れない怖さは、現実の暗闇の中にも浮かんできた。(僕はなかなか一人でトイレに行けなかった)必死に剣を振り回した感覚が、どこかで僕を勇気づけた。ダンジョンの謎解きを進めていくうちに、自分の中に小さな発見と自信が積み重なっていった。いつも心の中には、たどたどしい指で動かすオカリナのメロディーがあった……。

 

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 現実の世界とゲームの世界、僕はその二つの世界を通して少しずつ成長していった。それらは混ざり合い、お互いに深まっていった。様々な感情が重なりあい、融け合って、詰め込まれている。そしてそれは、後から思い返したとき、一つの空気、ゼルダの伝説というゲームが持つ美しい空気となって「収斂」していく。だからこそ僕は、あのタイトルムービーを見ただけで、ゼルダというゲームの全貌を、そこにあった空気を、小さなころの多彩な感動とともに思い返すことができるのだ。

 少年のころのノスタルジックな部分を含んでいるなら、美しく思うのは当たり前だと言われるかもしれない。たしかにそうなのだが、そういった大事なものを、一つの『ゼルダみたいな空気』として自分の中にしまいこめる形にしてくれるものが、他にどれほどあったのかはわからない。

 

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 『ゼルダみたいな空気』は、僕にとってすごく大切なものだ。今でも、何気ない日常のうちに感じることができる『ゼルダみたいな空気』、そのじんわりとした愛おしさ、喜びは、時のオカリナというソフトからの贈り物なのだ。もちろん、理屈めいたことを考えなくても、ただ「ゼルダ最高!」とか「神ゲー!」とか言ってしまえばいいのだけれど。

 

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 ゼルダシリーズを通して言えることだが、その魅力は、ゲームが持つ世界の空気によっているところが多いと思う。ゼルダというゲームは、壮大な物語、広大なフィールド、様々な人物との出会い、謎解きでの試行錯誤、敵との闘い、そういった色んな経験を通して、自分の中でゲームの中の空気が深まっていくからだ。クリアすることによって、自分の大切なもの変わるゲーム。多分、歴代のどの作品もそれに堪えるだけのクオリティは持っている。世代が違えば、『神々のトライフォース』だったり『風のタクト』だったりするかもしれない。僕にとってはそれが『時のオカリナ』だった。

 

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 今まで、22年間生きてきて、かなりの時間をゲームに費やしてきた。オンラインゲームに手を出したりと、それなりに痛い目にもあった。ゲームをしていた時間の十分の一でもいいから、しっかり勉強していたら、なんて思うことだってある。それでも、僕は素晴らしいゲームの数々を手元に置いて育ってきたということに感謝したいと思う。少し大げさな言葉を使うなら、あのとき、あの時点で、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』というゲームと真面目に向き合えたことは、僕の誇りに、ほとんどアイデンティティにまでなっている。あのようなソフトが生まれてきたこと、それとゆっくり向かい合える時代に生まれたこと、『ゼルダみたいな空気』をときどき感じながら生きてきたこと。そして今でも、これを書いているときも、僕の思い描く記憶や感傷が『ゼルダみたいな空気』を含んでいること、そういったことに誇りを思えるくらい、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』は素晴らしいゲームなのだ。

 

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