読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか

 フランツ・リストの名前は、村上春樹の小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」で初めて見た。その後、フランツ・リストを検索して、ユーチューブで「巡礼の年(ル・マル・デュ・ペイ)」を聴いた気がする。

 

 
リスト:《巡礼の年 第1年スイス》 S 160 8 郷愁 ル・マル・デュ・ペイ - YouTube

『何が女たちを狂わせたのか。

 彼が脱ぎ捨てた手袋を奪い合い、花束の代わりに宝石が投げ込まれ、舞台に花吹雪を降らせるために、街中の公園から花がむしりとられた。ある街では、彼とその子孫を王族とする国までもが創られようとした。すべて、たったひとりの人物のために、である。

 その人物とは、フランツ・リスト

 過去から未来における、すべてのピアニストを凌駕し、その頂点に君臨する史上最強のピアニストである。音楽家に対する最上級の評価には、ふつう「最高」という表現を用いるのだろうが、彼には「最強」という称号を捧げたくなる。それほど、凄まじい人物だ。

 とにかく、モテた。肖像画をみれば、それもうなずける。端正な顔立ち、引き締まった口元、厳かで、強い意志を感じさせる眼差し。深く、吸い込まれるような瞳。

ただのイケメンではない。ピアノに向かえば、圧倒的な超絶技巧と、夢見るような甘い旋律に誰もが息を呑み、聴衆の心をわしづかみにした。

 ヨーロッパ中の女性たちが、ひとりの男の足音にひれ伏した。彼の演奏に涙し、胸をかきむしられ、失神した。それほどの熱狂を、たったひとりのピアニストが巻き起こしたのだ。』

 

 フランツ・リストは、「ピアノ」「十九世紀」というキーワードで音楽を眺めた時、間違いなく最重要人物の一人だ。しかし、これだけの人物にも関わらず、その生涯は一般にほとんど知られていない。

 例えば、日本で人気のショパンは、リストとともにピアノの二大巨匠と言われていて、お互い親交も深く、ともに目覚ましい実績を残した。人気の度合いでいえば、ショパンはリストを圧倒している。ショパンについては、現在日本でざっと数えただけでも二十冊以上が出版されていて、訳書も多い。しかしリストについてはたったの一冊しか見つからなかったという。後世での人気という点では、祖国を持たなかったリストには大きなハンデがあった。

 歴史的な人物としての音楽家のイメージ戦略は、国家事業でもある。私達が抱く音楽家のイメージは、国家によって作られることも多い。ショパンの祖国ポーランドは、「ショパン国際ピアノ・コンクール」などを成功させ、必死に「ポーランドの魂ショパン」を創りあげた。しかし、リストの生息地ライディングは国境沿いの村で、リストが生まれたときはハンガリーだったが、現在はオーストリアだ。リストの家系はドイツ語だし、彼は生涯ハンガリー語を話せなかった。本書には、根無し草としてのリストの苦しみがありありと描かれている。

 著者は十九歳で渡仏し、パリで音楽学、歴史社会学、哲学を学んだ音楽プロデューサーの浦久俊彦さん。「リストのことをもっと知ってほしい。そう思って書きはじめたわけではない」と言う。「なぜ、リストはここまで語られないのか。なぜ、リストは理解されないのか。その理由はなんなのか。それが不思議で、書きはじめた」そうだが、本書を読み進める中で、リストに対する非常に強い愛を感じた。僕は伝記が好きだ。忘れ去られた人物、人々の記憶から消えてしまう人物を、どうにかして現在に繋ぎとめようとする、僕自身が軽薄な人間だからかもしれないが、そういう仕事を見るといつも敬意を抱いてしまう。

 フランツ・リストを世に知らしめたい、という想いからか、本書のタイトルはなかなか戦略的なものになっている。女たちを失神……ごくり、と思って手に取る人も多いだろう。(僕は違う)

 

フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか (新潮新書)

フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか (新潮新書)

 

 

 なぜ女たちを失神させたのか? ビートルズマイケル・ジャクソンの講演でも、女性ファンが失神することがあるらしいが、リストはその先駆けである。

 十八世紀までの芸術は、「貴族的」な価値観で判断、評価されていた。だが革命以降、まったく異質の「ブルジョア的」価値観が社会の主流を占めるようになる。

 「貴族的」な美意識は、優雅さ、上品さなどの精神的な美意識で「エレガンス」という言葉が象徴する。一方、「ブルジョア的」な美意識は、精神的なものではなく物質的、「シック」という言葉に象徴され、着飾ることを目的とした服、宝石、バックなどを必要とする。「ブルジョア」たちは「貴族的」な「エレガンス」に憧れながらも、その精神や生活は「もの」に依存していた。それは彼らの身分や財産が特権として守られていなかったからだ。そして「ブルジョア」たちが「ものを基板とする社会構造」という、資本主義の生みの親になった。

 目に見えるものを信じるという物質主義的な傾向は、音楽の外形を重んじる技巧偏重主義につながり、「ヴィルトゥオーゾ」(超絶技巧を操る名手)が誕生することになる。ドイツの作曲家パウル・ヒンデミットは「奴隷的聴衆」という言葉を使った。十九世紀になって、音楽享受層が激変し、大量の「聴衆」が誕生すると、音楽の精神的な内容よりも、派手で表面的な技巧(物質性)が重視され、音楽は単なる見世物となると言うわけだ。

 ブルジョア社会の中では、それまでに男たちの陰に隠れていた女たちの意識も少しずつ変わっていく。女たちは、時代の空気を敏感に感じ取り、まるで貴族の夫人たちのように着飾り、感情を発散する。リストがサロンから軸足を写した「劇場」は、ブルジョア世界の象徴でもあった。聴衆が集団化した劇場で、リストは「ヴィルトゥオーゾ」というニックネームを与えられ、偶像化された。聴衆という集団の上に君臨するには、スター性や見えやすい称号が必要だった。リストの熱狂的なファンたちは「リスト・マニア」と呼ばれ、一大流行集団を形成した。

 女性集団の熱狂と失神の原因は、リスト本人だけにはなく、リストという「偶像」を誕生させた時代そのものにある、と著者は分析する。ブルジョワ的価値観という時代の枠の中で、結婚し、子供を生み、調度品やファッションに熱中し、家庭小説に描かれたような女性像、という役割を演じなければならなかった女たちは、社会に抑圧された存在でもあった。『彼女たちは、失神したというよりも、失神したかったのかもしれない』それは、新たな時代の扉の前に立ちその風を感じながらも、旧来の世界観に固執し続けるブルジョワ女性たちの、もうひとつの顔だ。当然、これは現代に見られる現象にも繋がっている。

 フランツ・リストはただのコメディアンではない。紛うことなき「天才」であり、偉大な音楽家であり、演奏活動だけでなく、慈善活動、教育活動、そして作曲を行った。リストが作曲した曲は膨大な量に及び、すべてを続けて演奏したら、約百二十二時間に及ぶという。ヨーロッパ中を演奏しながら駆けまわり、それをやめた後はワイマールの宮廷楽長になり作曲と教育に従事する。そして晩年はローマで剃髪式、叙階式を経て聖職者になる。

 天才フランツ・リストの人生、愛、孤独を追いながら、その背景となった時代の文化、構造も分析していく。「リストは十九世紀音楽の縮図だ」と言われているらしいが、その文化構造はまさに現在の問題と地続きになっているので、音楽に興味がない人にも手にとってもらいたい。