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しっきーのブログ

ひろいこころで\(^o^)/

色彩がわかれば絵画がわかる

 著者の布施英利さんは、検索したところ、東京藝大の博士を出た後、養老孟司の元で解剖学の研究をしたりして、芸術化でありながら科学者でもある。本書では色彩の仕組み、魅力について、理論的に、また情緒的に語る。

 

 

 

色彩がわかれば絵画がわかる (光文社新書)

色彩がわかれば絵画がわかる (光文社新書)

 

 

 

 

 色の三原色は赤、緑、青、だろうか。それとも赤、黄、青が本当は正しいのか? どちらでも正解なのである。色を三原色として捉えるやり方もあるし、赤、黄、緑、青、の四原色として捉えるやり方もある。知覚生理学では、網膜の錐体細胞では三原色、その先で情報処理をする水平細胞などのところでは四原色と言われている。三原色、四原色を基本として、そこからグラデーションを描く円、色相環として捉えることもできる。色の世界ではあれこれと理論を展開していくことが可能なのだ。

 色の仕組みは、人間の知覚の部分で様々に展開される。目は色に親しみ、視界はその色に馴染んでいくとともに、その色とまったく反対の色も浮かび上がらせる。驚くべき、そして美しい色彩の仕組み、それを感じる人間の認識の素晴らしさを、整然とした理論で綴っていく。芸術というベールが覆いかぶさったものを、理論として誰にでも共有できる俎上に載せ、そこから著者独自の美観によって話を展開していく。こういう本は素晴らしい。

 絵の具など色材の色は、そこに光が当たって、反射されたものを僕達は見る。だから、すべてが反射されると白に、すべてを吸収し、何も反射されないと黒になる。色材はどの色の光を吸収するかで現れる色が違う。赤の具材は青と緑の光を吸収し、青の具材は赤と緑、緑の具材は赤と青を吸収する。吸収されなかった色が現れるのだ。すべての色の具材をまぜると黒になる。一方、スポットライトのような光でつくる色をすべて混ぜると、白色になる。すべての色は白と黒の中間にある。白はすべての色を含み、黒はすべての色を持たない。白とは、光の様々な色がミックスされることによって生まれる色だ。夏の雲があんなに白く美しい理由がこれでわかる。光が強くなるほど、白さも強くなるのだ。

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 フィンセント・ファン・ゴッホ『鳥のいる麦畑』

 色彩には遠近法があって、赤は進出色と言って手前にあるように見える。青は後退色と言って奥にあるように見える。赤、黄、緑、青の順番で、手前から奥へと空間の奥行きを感じさせる。また白と黒も、遠近法という観点から見ると、白が手前に飛び出し黒が奥に引っ込んでいるように見える。

 このゴッホの絵は、色彩の遠近法と見るには最適なサンプルになる。前景にある道には、手前に飛び出して見える赤が使われ、中景には黄色と緑がある。遠景に見えるのは青い空だ。そしてその遠い空に黒い鳥が飛び去っていく。ゴッホは激しい感情に酔って絵筆を執ったというイメージを持たれているが、絵を分析すれば非常に繊細で理論的なアプローチがなされていることがわかる。

 

 筆者は、「色というのは、赤なのではないか」と言う。色を認識する錐体の三色の細胞はその比率に偏りがある。数値で言うと、赤が40、緑が20、青が1となり、網膜が感じる色彩は、特に赤に敏感ということになる。さらに、暗くなると、まずその色味を失ってしまう色は赤だ。

 生き物は青い海で進化した。海の生き物は、ずっと青い光を見てきた。そこでの色は、青のグラデーションしかないモノトーンの世界だ。ただ明暗の階調だけがある。すべてが青い海の中では、青は色ではない。

 青の反対の色は赤だ。陸から上がったとき、もっとも鮮やかに見えたのは青の反対の色の赤だろう。そこから色が生まれた。モノトーンの世界に赤が加わって、それから今までいた世界が青だと認識することができるようになった。人間の血の色は鮮やかな赤だ。網膜の錐体細胞には、赤を感じる細胞が青の40倍もある。目とは赤を見る器官で、色の中心は赤なのだと、著者は主張する。僕はそれが本著で一番感銘を受けた部分だった。

 

 他にも色について、色々と書いてあるので、色彩などに疎い人は読んで損はないと思う。僕達は毎日色に接して生きていくので、日常を切り取る視点が一つ増えるのは悪くないことだと思う。

 

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 あと、この二本の横線が同じ長さだというのは有名だが、本書でその理屈が説明されていた。感動。